薬学は、薬と人体の関わりについて研究する学問です。薬学には2つの側面があり、1つは薬によって医療をサポートする領域、もう1つは新しい薬の研究開発と製造に関する領域です。薬剤師をめざす場合は6年制のカリキュラムで学びます。製薬会社の研究開発部門などで働く薬科学研究者を養成する、4年制のコースもあります。
研究分野は4つに分かれています。「製薬学系」は医薬品の開発、製造、安全性の研究を行います。「医療薬学系」は、病院や薬局で薬剤師として活躍するための医薬品の調剤・使用・管理などを学びます。「衛生薬学系」は、公衆・環境衛生の食品衛生などの面から化学物質の安全性や影響について研究します。「生物薬学系」は、自然界の微生物をはじめとする生物をワクチンや治療薬として利用する研究を行います。
6年制の場合は、薬剤師の免許を取得して医療機関や薬局に勤める人が多く、製薬・化学・食品・衛生関連企業などへ研究者として就職する人もいます。4年制の場合は、公務員や薬品メーカーの医薬情報担当者になる人が多く、大学院に進学する人もいます。
千葉大学 薬学部 教授 森部 久仁一 先生
例えば、がん細胞にふりかけた薬品がそのがん細胞をやっつけることができれば、その薬品はがん細胞に効く薬と判断されます。そのような細胞実験の段階では、水に溶けない薬品は有機溶媒(溶けない物質を溶かすもの)に溶かして使います。しかし、その溶媒に毒性があれば人に投与する場合には使えないので、人に使用するには毒性のない添加剤を薬に混ぜて溶けやすくする必要があります。溶けなければ人体に吸収されないからです。添加剤を加えなければ、1mlにナノグラム(10億分の1グラム)単位と、ほとんど溶けない薬も多いのです。
どの薬にどの添加剤が適しているかは、分子レベルで検討する必要があります。薬の分子の構造と添加剤の分子の構造から組み合わせを考えるのです。溶ける添加剤で溶けない薬を包むような分子の構造にしたり、溶けない薬と溶ける添加剤の分子の複合体を作ったりします。あるいは薬の粒子をものすごく小さくすることによって成分を溶け出やすくするという方法もあります。通常であれば薬の粒子のサイズは0.1mmくらいですが、これを何らかの方法で小さくすれば、水に入れたとき、水と接する表面積が増えて溶けやすくなるのです。
溶けやすくすることで生体への吸収率が上がりますが、どうして吸収率が上がったのかは、分子が実際にどのような状態になっているのかを測定してみなければわかりません。薬は主に小腸の粘膜から吸収されますが、このときに分子がどういう状態かで、うまく吸収されるかが決まるのです。
多くの場合、薬は水で服用しますし、薬が体内に入れば消化管液に触れるので、消化管液に入ったときにどんな状態になっているかを測定する必要があります。小腸内と同じ環境で測定した結果、分子が当初の設計通りに正しく結合した状態であれば、溶けやすい性質を維持できているということになるのです。
大阪大学 薬学部 薬学科 教授 辻川 和丈 先生
現在、がんはDNAの塩基配列の変異によって起こると考えられています。しかし最新の研究で、RNAの修飾もがんと強く関与していることがわかってきました。RNAはDNAの遺伝情報を転写してタンパク質を作ります。DNAに変異がある場合は、それが転写されるため異常なタンパク質が作られ、がん細胞が出現し、増殖します。ただ、体にはがんの増殖を抑えるがん抑制遺伝子もあるため、がん細胞が出現してもその異常な増殖を抑制することができます。
また、増殖因子は細胞を増殖させますが、適切にそれを止める機能があります。しかし、RNAに機能異常があると、がん抑制遺伝子の発現や増殖機能を制御できなくなることがあるため、がん細胞の増殖や転移を防ぐことができなくなってしまうのです。
DNAやRNAはメチル化や脱メチル化する酵素の正常な働きにより機能が制御されています。しかしメチル化RNAを脱メチル化する酵素の発現や機能が異常になると、がん細胞が増殖したり、転移することが分かってきました。そこで、メチル化RNAを脱メチル化する酵素の過剰な活性を阻害する化合物を作ることで、がんを治療することができると考えられるようになりました。この化合物によって、がん細胞のRNA脱メチル化が抑制され、異常なタンパク質の発現が抑えられると、がん細胞の性質が弱められることになるのです。現在、この化合物が薬として開発されています。化合物の構造を変え、より活性を強くし、安全性を高くするための実験が繰り返されています。
大学で薬を開発することの利点は、がん患者さんの協力により検体を使用させていただくことができることです。正常な細胞ががん細胞に変化する原因を突き止めるためには、がん患者さんの検体が必要となります。そして研究・開発が進めば、この薬によってRNAの修飾異常が原因でがんとなった患者さんの治療ができるようになります。
徳島大学 薬学部 教授 南川 典昭 先生
薬局で買える薬や処方される薬など、私たちはさまざまな形で薬を治療に使っています。日本の医療用医薬品は約2万品目といわれていますが、現在使われている医薬品の多くは分子量500以下の「低分子医薬品」です。低分子医薬品は病気を引き起こすタンパク質を標的として鍵と鍵穴のような関係で結合し、タンパク質の機能を阻害して作用します。化学反応で製造できるので安価ですが、新たな「ぴったり鍵穴にあう鍵(薬)」を探し出すことが難しくなっています。
人間の体を形成する約60兆個の各細胞には、遺伝子の本体であるDNAが入っています。DNAの塩基配列情報がRNAに転写され、次に体の組織を形成するタンパク質に翻訳される流れをセントラルドグマといいます。病気の原因となる遺伝子から最終的に作られた悪いタンパク質の働きを止めるのではなく、上流であるDNAやRNAを標的にして悪い遺伝子を分解できれば、効率的に悪いタンパク質の生成を防げます。そこで、DNAやRNAと同じ核酸分子をうまく使い、病気の人の遺伝子配列のみを標的にして病気を治療する「核酸医薬」が注目されています。
DNAやRNAの塩基には必ず決まった相手と対になるという性質があります。核酸医薬はこれを利用して、病気の原因となる特定の塩基配列にぴったりマッチする核酸分子を作り、悪い遺伝子だけをブロック、あるいは分解しようとするものです。核酸医薬はDNAやRNA、タンパク質など生体内に存在するほとんどの分子を標的にできるため、難治性疾患の特効薬開発も夢ではありません。
しかし、天然の核酸分子は非常に不安定なので、有機化学の力で人工的に疑似核酸を合成し、分子の安定性を高めることが課題です。狙ったDNAやRNA分子を確実にとらえ高い結合性を有する人工核酸の研究開発が、近未来の薬である「核酸医薬」の重要な鍵となります。
福岡大学 薬学部 薬学科 教授 江川 孝 先生
薬剤師というと薬の相談を受けたり、病院で処方された薬を調合したりする仕事だと思っている人が多いでしょう。しかし、正しい医療知識を一般の人に身につけてもらうという役割もあります。世の中には意外と多くの間違った医療知識や科学知識が流布していて、それを信じて誤った行動をしてしまう人がいます。それを未然に防ぐのも薬剤師の重要な役割なのです。そして、特にそのような活動を求められるのが災害医療です。
例えば、福島第一原発の事故で問題になったのが風評被害です。「放射線=怖い、死」というイメージがネットやメディアで増幅されました。その結果、福島の農作物や魚が売れないなど経済的損失が広がり、避難者に対するいじめも起きました。これは、放射線に対する間違った認識によるものです。同じことは、新型コロナウイルス感染症でも言えます。見えないものに対する恐怖や偏見が差別を助長し、医療の混乱を招いています。医療分野ではエックス線など放射線を放出する医療機器が使用されています。そして、私たちは食品中のカリウムや空気中のラドンなどから日常的に放射線を受けています。放射線で健康被害が起こるには、自然被曝よりはるかに高い放射線量が必要なのです。もちろん、福島でも原子炉周辺を除けば、被曝による危険性はないことが科学的に検証されています。
福島第一原発事故の後、住民に対する不安を払拭するために、原発から20km圏内の一時帰宅者に対して汚染モニタリング検査が行われました。そこで活躍したのが、放射性医薬品を取り扱うことができる薬剤師が参加した救護チームでした。食品や飲料水などさまざまな対象に対してスクリーニング検査を行い、放射線について科学的・客観的な情報を提供しました。
放射線の理解で重要なのは、「正しく怖がる」ことです。そのような理解を得るには、科学者であり、医療の専門家である薬剤師の言葉が必要なのです。
長崎国際大学 薬学部 薬学科 教授 宇都 拓洋 先生
日本はもちろん世界各地に、昔から知られている薬草や薬木があります。現代のような医薬品がなかった時代から、人々の経験に基づいて伝えられてきたこれらの知識は人類の大切な財産です。これらの薬用植物には多種多様な成分が含まれており、この中には未知の薬効を持つ成分がまだ眠っているかもしれません。あらゆる植物の中から、まだ知られていない有用な成分を探し出し、新しい薬の種を探し出す学問は「生薬学」のひとつです。
植物から薬の種を探し出す研究は、まず「何に効く成分を探すか」という目標を決め、いろいろな植物エキス中の成分をさまざまな有機溶媒で取り出していくのですが、対象となる植物は数百種類になることもあります。
まず雑多な成分が混じっているエキスを大まかな成分ごとに分け、それぞれの活性を比較した上で薬効が大きいグループを選び出し、そこから最も効果が大きい成分だけを取り出していくという地道で大変な作業です。しかし、見つけた成分が種となって特効薬の開発に結び付くかもしれないので、やり甲斐のある研究でもあります。
予想外の植物から新しい薬の種が見つかるケースもあります。コブシという植物のつぼみは、鼻づまりに用いられる漢方薬などに配合されていますが、このつぼみにメラニンの合成を活性化する成分を見つけだし、皮膚が部分的に白くなる「白斑」の治療薬の種になるのではないかと現在研究が進んでいます。また、アフリカには原虫によって引き起こされる「アフリカ睡眠病」という熱帯病がありますが、ガーナ原産のアカネ科の植物の葉から原因となる原虫を殺傷する成分が発見されました。この成分が薬になれば、ガーナの医療や経済に貢献できるかもしれません。
薬学は研究室や医療機関が主な研究フィールドですが、生薬学の研究は植物の自生地まで出かけ、現地の研究者とのコミュニケーションを広げる楽しさもあるのです。
創薬の研究に興味があり、阪大は高度な研究設備が整っていると思ったから。
研究費が豊富で、薬学研究所だけではなく微生物研究所や製薬会社などの関連施設とも連携している
医歯薬学部が同じキャンパスなので医療に携わる人同士でいい刺激になるかなと思った。
ひとつのキャンパスに医学部、歯学部、薬学部の3つがあるので、学生の頃からチーム医療を体験出来る。
大学病院をもっている。実習環境が整っている。指導体制がよい。
薬剤師の国家試験合格率が良いところに魅力を感じた。
授業以外にも三人の生徒に一人の先生がついて行うグループ面談などがあり、学校生活を楽しく送ることができそうだから。
きめ細やかな指導が受けられるため
千葉大学 薬学部
三年次に薬学科と薬科学科にわかれるが、三年次までに病院実習も研究の基礎も学ぶことができる
千葉大学は、研究も思う存分行いながら、私の志望である薬剤師を目指す薬学科の臨床教育にも力を入れている