三島由紀夫の生涯を作品に閉じ込めた「最後の一行の日付」
小説家、三島由紀夫
昭和の日本を代表する作家、三島由紀夫の作品はノーベル文学賞候補に何度も選ばれ、没後50年以上が経過した現在も書店に多くの作品が並んでいます。特に四部作を通して主人公が生まれ変わる『豊饒の海』は、今流行している「異世界転生もの」の先駆けともいえる画期的な作品です。圧倒的な筆致で多くの読者を魅了し続ける三島作品ですが、同時に「毒」に満ちている点も特徴です。人生の無意味さや人間の救いようのない面を描き、読者に絶望を突き付けますが、そのうえで何かを見出そうとする人の姿を描きだします。
時代に向き合い続ける
精力的な執筆活動の傍ら、三島はテレビや雑誌に頻繁に登場して、テレビタレントのような人気を集めました。しかし一方では戦後民主主義のあり方を一貫して批判し、昭和45年11月25日にクーデターを企てた後、割腹自殺を遂げます。三島が生きた昭和の日本は、一時は世界の列強に肩を並べながらも、太平洋戦争に敗れ、連合国の占領を受けました。しかし戦後は見事な復興を果たし、世界二位の経済大国へと昇りつめます。ジェットコースターのような激しい時代の変化によって、人々の価値観が大きく分断された時期ですが、三島はその分断を安易に受け入れることなく、生涯を通して向き合い続けたのです。
作品と作家の生涯
文学研究においては、作品と作家の生涯は切り離して考えられます。常に変わることがない作品(テキスト)に対して、作家の生涯には不確定要素が多く、研究材料になりにくいからです。しかし、ごく稀に、作品と生涯をつなげて考えることで、より本質に迫ることができる作家がいて、三島はその代表的な存在です。遺作となった『豊饒の海』の第四巻『天人五衰』は、「昭和45年11月25日」という日付で終わりますが、これは三島が作品を書き上げた後、自ら命を絶った日です。たった一行の日付を最後に加えることで、自らの「生死」と作品をつなげた三島由紀夫は、今も文学研究のあり方を揺さぶり続けています。
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東海大学 文化社会学部 文芸創作学科 教授 三輪 太郎 先生
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