「右手と左手の違い」が拓く大きな可能性 キラルケイ素分子の化学
鏡に映すと重なる「キラル分子」
私たちの身の回りには、「右手と左手」あるいは「右足の靴と左足の靴」のように、鏡に映すと重なるのに、そのままでは重ならないものがたくさんあります。化学の世界ではそのような関係にある分子同士を「鏡像異性体」、そして鏡像異性体が存在する分子を「キラル分子」と言います。
キラル分子の代表が「不斉炭素(4本の手に全て異なる原子や原子団がついている炭素)」を構成原子に含むキラル炭素分子です。
キラルケイ素分子を作る
我々の体内を含めて自然界にはさまざまなキラル炭素分子が存在します。しかし、炭素と同様に地球上に大量に存在し、炭素と性質が似ているケイ素が「不斉ケイ素」になったキラルケイ素分子は自然界に存在しません。ケイ素が不斉ケイ素になるということは100年以上前に明らかにされていましたが、キラルケイ素分子を合成の目標にしたり、その鏡像異性体の一方を選択的に合成するといった研究は最近までほとんど行われていませんでした。
創薬に新たな可能性を!
自然界にないキラルケイ素分子ができると、どんな良いことがあるでしょうか。一つは、薬になる分子の候補が増えることです。
薬はタンパク質に結合して働くので、狙ったタンパク質特有の構造の隙間にピッタリ合う形の分子を合成する必要があります。タンパク質は巨大なキラル分子なので、キラル医薬品の鏡像異性体の違いを認識して、一方とより強くくっつきます。そのため、これまでに開発されている医薬品にはキラル炭素分子がたくさん使われていますが、その不斉炭素をケイ素に変えるだけでも形が大きく変わり、活性に大きな変化が生じると考えられます。また、ケイ素の特性を活用することでキラル炭素分子ではできないような形や反応性の医薬品が開発できるようになることから、さらに新薬が生まれる可能性が高まるのです。
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熊本大学 理学部 理学科 教授 井川 和宣 先生
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