答えのない問題と向き合い続ける、「刑法」の世界
刑法の厳密性
「刑法」とは罪と罰に関する法であり、どのような行為が犯罪にあたり、それに対してどのような刑罰が科されるかを定めたものです。民法が「人対人」の関係を規律するのに対し、刑法は「国対人」の関係を規律するという点が特徴です。国は人を守るための機構ですから、原則として人に攻撃を加えてはいけません。その例外が刑法に基づく刑罰です。こうした性質をもっていることから、刑法は厳密に考えることが必要です。
刑法の解釈はとらえ方によって変わる
刑法の世界では、何を罪とするかの解釈に幅があり、絶対的な正解が決まっているわけではありません。偽装心中事件を題材に検討してみましょう。
「恋人同士A、Bは別れ話に思い悩み、AがBに心中を持ちかけました。Bには心中するつもりはありませんでしたが、本心を隠して申し出を受け入れ、2人で毒を飲んで死ぬ計画を立てました。実行当日、「Bも一緒に死んでくれる」と信じていたAは自ら毒を飲み、死亡しました」。
この場合、Bの罪は「人を殺した」という殺人罪か「人を自殺させた」という自殺関与罪、どちらでしょうか。「だまして殺したのだから殺人罪」か「Aは自分が死ぬことを知って毒を飲んだのだから自殺関与罪」か、どちらが絶対的な正解か一概に決めることはできないのです。
問われるのは「結果」か、「行為」か
刑法学ではほかにも、犯罪の本質のとらえ方について「法益侵害説」「規範違反説」という対立する2つの主張があります。法益侵害説は他人の生命や自由といった利益を損ねたという「結果」をもって犯罪の本質とする考え方です。一方、規範違反説は刑法を社会的に守るべきルールとし、それに背く「行為」を犯罪とみなします。人を殺すつもりで人が寝ているはずのベッドにナイフを突き立てたが、相手がいなかったため人が死ななかったようなケースでは、どちらの説をとるかで結論が変わってきます。
刑法学は論争の学問です。絶えず議論を重ね、普遍的な原則とその時々に合った考え方とをともに探究し続けることが求められているのです。
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先生情報 / 大学情報
桃山学院大学 法学部 法律学科 教授 江藤 隆之 先生
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