読みにくいが心に刺さる、島尾敏雄の小説
戦争体験をつづった島尾敏雄
戦後の作家・島尾敏雄(しまおとしお)は精神的に病んだ妻と子どもとの生活を描いた『死の棘』により世間的認知を得ました。島尾は元特攻隊員であり、妻と出会った奄美群島の加計呂麻島(かけろまじま)は、彼の赴任地でもありました。準備命令までは下ったものの、実際に出撃することなく終戦を迎えたのです。その戦争体験に基づいた小説が何点かあり、『死の棘』と合わせてそれらの作品も広く読まれています。
作品に秘められた指揮官のドラマ
生還した特攻隊員がつづった物語というインパクトは大きく、島尾の作品はまずその希少性により注目されました。しかしもうひとつの側面として島尾は隊長でもあり、終戦後も部隊はしばらく島に滞在し、さまざまな体験をしています。隊員の中には死を免れて安堵(あんど)する者もいれば、意地を見せるため突撃しようという血気盛んな者もおり、彼らをいかに統率し、無事に復員させるか、島尾の作品は指揮官としてのドラマでもあり、『出発は遂に訪れず』や『その夏の今は』には、そのあたりの経緯が描かれています。小説に描かれている主人公は不器用な点もある一方、見事な振る舞いもしています。作品はドキュメンタリーではなく小説ですから、自身の理想を主人公に重ねたのかもしれません。
なぜ島尾の小説に引き付けられるのか
作品により島尾の文体は一行が少し長めで、改行が少なくなっています。また自分の言葉を自分で疑うような書き方をしているため、意図をくみ取るのが難しいところもあります。いわゆる洗練されていない文章ですが、島尾が自らの心の在り方をそのまま描き出そうと試みたと考えると、見え方も変わってきます。
人間の思考は理路整然としたものではなく、迷いや言い訳が入り、話が飛ぶところもあるからです。したがって島尾の小説は読みにくいながらも心に響くものがあり、一定の読者を引き付けています。そうした観点からみれば、言語芸術としても評価することができるでしょう。
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東海大学 文学部 日本文学科 准教授 安達原 達晴 先生
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