化学者がデザインして生み出す新しい金属錯体
金属錯体をデザインする
金属と有機物が組み合わさってできた物質を「金属錯体」と呼びます。例えば、血管の中で酸素を運搬するヘモグロビンは自然界の金属錯体の一種です。現在では、金属錯体を人工的にデザインして使い勝手のいい物質を新たに生み出す研究が進められています。
近赤外線によるがん検査
体の中に隠れているがんを発見する方法としては、「PET検査」が現在の主流ですが、大掛かりな装置が必要で、薬剤も高価です。検査を安価で簡単に行うため、生体を比較的よく透過する近赤外線を使った検査方法の開発が進められています。近赤外線を吸収する金属錯体に、がんに集まる性質を追加することで、それが体内でがんに集まり、近赤外線を当てるとそこから熱や超音波が発生し、画像化できるという仕組みです。
がんに集まる物質としては、食品に含まれるビタミンの一種「葉酸」が知られています。がん細胞にはレセプターと呼ばれる分子があり、葉酸はこの部分にくっつくのです。そこで、葉酸の分子に近赤外線を吸収する錯体を付加して新たな金属錯体を作り出します。しかし、構造をデザインした時点では、できあがった物質の実際の性質の予想をすることは大変困難です。葉酸と錯体をつける場所を変えたり、くっつけるための分子の形を操作したりすると、できた物質の性質ががらりと変わることもあります。思い通りの性質を導き出すには、試行錯誤を重ねることが必要です。
新しい化学進化の歴史
単細胞の生物が哺乳類などのより高度な生物に進化していく「生物進化」の前には、無機質が自然界の中で化学反応して核酸などに変わり生命のもとになる「化学進化」が起きていました。生物進化が起こった時点で、自然界の化学進化はストップしました。しかし、人類が物質を合成し始めた時から、人類による化学進化の歴史が始まったのです。新しい金属錯体の合成により人類にとって真に有効な物質ができたら、人類による化学進化に貢献したことになるというわけです。
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先生情報 / 大学情報
東北大学 工学部 化学・バイオ工学科 教授 壹岐 伸彦 先生
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