裁判は「未来の社会」を形作る

過労自殺に関する裁判
裁判の判決には、社会を変える力があります。私たちが当たり前だと考えている法律や社会の認識は、過去の裁判の積み重ねによって形作られてきたとも言えます。その代表例の一つが、平成12年の「電通過労自殺事件」の判決です。この事件では、大手広告代理店に勤めていた社員が、過重労働の末に自ら命を絶ちました。当時は、働きすぎで自ら命を絶つことが会社の責任であるとの考えが一般的とは言えない状況にありましたが、最高裁判決は、会社には労働者の心身の健康を損なうことのないよう注意すべき義務(安全配慮義務)があり、従業員の労働時間を適切に管理し、業務量を調整する責任があることを明確にしました。そして、社員が自死してしまったことについて、会社の賠償責任を全面的に認めました。
判決が社会に与える影響
この事件をきっかけに、「過労自殺」という概念が社会に広まり、厚生労働省は過労自殺に関する認定基準を整備するなど、労働環境の改善が進められました。企業に対する責任も厳しく問われるようになり、現在ではセクハラやパワハラといった職場のハラスメントも重大な問題として認識されています。
司法の判断が社会に影響を与えた例はほかにも数多くあります。様々な悪質商法に関する裁判例の積み重ねによって消費者契約法をはじめとする数々の消費者保護の立法がなされたり、いじめに関する判決によって学校のいじめ対策義務が認識され「いじめ防止対策推進法」が制定されたのもその例と言えます。このように、裁判の判決は個別の事件を解決するだけでなく、法律の解釈を明確にしたり、新たな法整備を促す役割も果たしているのです。
新たな法律問題
今後、AI技術の進展や社会の複雑化・多様化によって、今までにない法律問題が発生することが予測されます。これらの問題に対して、裁判を通じてどのような判例が生まれ、社会はどう変化していくのでしょうか。裁判は、過去の出来事に対する判断を下す場であるだけでなく、未来の社会を形作る場でもあるのです。
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新潟大学法学部 法学科 教授近藤 明彦 先生
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