方言を通して日本語の歴史を知る

方言を通して日本語の歴史を知る

庶民の言葉を探し当てる

従来、日本語の歴史は、『源氏物語』や『枕草子』などの文学作品によって研究されてきました。しかし、文献に残っている言葉は、文字を使えた貴族や知識人など上層階級の言葉といってよいでしょう。つまり、一般庶民の日常的な言葉遣いは、文献を通しては見えてこないのです。一方、方言は話し言葉であり、また、歴史的に時間をかけて形成されてきたことから、そこには過去の庶民層の言葉が反映していると考えられています。そこで、全国にわたる方言の広がりを調査し、分析することで、文献の陰に隠された庶民の話し言葉の歴史を明らかにしていく研究があります。

歌人の「駒」と庶民の「こま」

「こま(駒)」という言葉は馬の歌語(うたことば)で、馬を雅やかに表現するものとして使用されてきました。どのような有名な歌人であっても、馬を詠むときには「こま」を使うのです。ところが方言を調べていくと、そのような使われ方をしている「こま」は全く出てきません。方言における「こま」とは、雄の馬のことなのです。おそらく、歌語の「こま」は文学専用の特殊な言葉遣いであり、一般的には、馬の性別のうち雄を指すことばとして「こま」が用いられていたと考えられます。その証拠に、室町時代に布教のため日本を訪れたキリシタンたちは、「こま」を雄馬だと言い切っています。

方言の中で蘇る古語

現代共通語の「さま」は敬称として使われていますが、鎌倉時代までは、方向を意味する言葉でした。それが敬称に変わったのは、室町時代以降のことになります。それでは、方向の意味の「さま」は日本語から消えてしまったのでしょうか。そうではありません。この言葉は、その後、形や意味に大きな変化が起こり、今では東北方言の「東京さ行く」「山さ登る」などの「さ」という言葉として使用されています。このように滅びたかに見える古語が方言の中で蘇り、生き生きと使われている例はほかにもたくさんあります。方言を通して日本語の歴史を知る楽しみは、こんなところにもあるのです。

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東北大学 文学部  教授 小林 隆 先生

東北大学 文学部 教授 小林 隆 先生

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メッセージ

みなさんが勉強している古い時代の日本語は、それがすべてではありません。例えば「こま(駒)」という言葉は、馬の歌語として学ぶでしょうが、歴史的には、日本人の多くが、実用的に雄の馬の意味で使用していました。他にも、「けり」「べし」という古語はすでに消えてしまったと思われるかもしれませんが、「行ったっけ」「見たっけ」の「け」、「行くべー」「見るべー」の「べー」などに姿を変え、方言として生き残っています。大学での勉強は、「教わったから」と納得するのではなく、常識を疑う姿勢を持ち続けることが大切です。

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