講義No.13346 日本文学

江戸時代に流行した、手紙形式の小説たち

江戸時代に流行した、手紙形式の小説たち

散らし書きで書かれた小説

手紙の文章を中心とする構造で書かれた小説を「書簡体小説」と呼びます。このような小説の形式は以前から存在していましたが、日本では江戸時代に起こった商業出版の発展とともに、多くの作品がより広い階層の人々に親しまれるようになりました。当時、女性が手紙を書く際には「散らし書き(文字の大小や行間などをあえて整えずに書く方法)」を用いることがあり、江戸時代中期に出版された書簡体小説の中には、この散らし書きの書法をそのまま作中の文章として取り入れたものもありました。

小説で楽しく教養を学ばせたい

それらの作品は、ただ奇をてらって散らし書きの要素を取り入れたわけではありません。江戸時代中期には、庶民層に対する教育、さらには女性に対する教育が積極的に進められており、女性向けに散らし書きによる手紙の書き方を教える手本集が盛んに刊行されていました。そうした社会的ニーズや流行を踏まえた上で、手本の一種として示すために小説の中で使われていたのです。また、そうした書簡体小説では、和歌や古典に関する知識や、良妻賢母的な女性の生き方を推奨する教訓などが物語の中に組み込まれていました。つまり、庶民の若い女性層をターゲットにして、小説を楽しく読みながら当時の成人女性として身につけておくべき教養を自然に学んでもらおうという、教育的な意図が出版側にあったと考えられます。

近世書簡体小説の全容解明に向けて

江戸時代と重なる時期に、ヨーロッパの各国でも書簡体小説が数多く発表されました。同じ時代に、同じ形式の文学が、さまざまな地域で出現したのは非常に興味深い現象です。ところが、その時期の書簡体小説について国際的な比較をするにあたって、日本側の事情がまだ十分にはわかっていないのが現状です。今後は、文学的価値が高い一部の作品だけでなく、歴史に埋もれてしまったマイナーな作品の一つ一つを取り上げていくことで、日本における近世の書簡体小説の全容や、その歴史的変遷が明らかにされていくことが期待されます。

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岩手大学 人文社会科学部 人間文化課程 准教授 岡部 祐佳 先生

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日本文学、日本古典文学、日本近世文学

メッセージ

文学は基本的には虚構ですが、その虚構の中からある種の「現実(リアル)」を読み取ることができます。また文学作品を読むことは、作品が書かれた当時の時代背景や価値観に触れる営みでもあります。そうした意味で、社会や歴史ともつながった学問です。好きなジャンルに限らず、いろいろな種類の本を読んで、さまざまな世界に少しずつ触れてみてください。今、すてきだと思えるものをたくさん見つけておけば、何を深めていくのかは後から考えていくことができます。閉じこもらずに、多様な価値観に触れてほしいです。

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