生物研究の花形モデル―エレガントな線虫とは―

生物研究の花形モデル―エレガントな線虫とは―

優雅な名前の線虫

生物研究の世界で花形の実験動物がいます。その名は、「C.エレガンス」です。優雅な名前を持つこの生き物は、透明な体を持った1mmほどの大きさの「線虫」です。線虫とは体が細長いひも状をした動物の総称で、昆虫よりもその数が多いと言われています。哺乳類に寄生する回虫やギョウチュウなど寄生性の線虫が知られていますが、C.エレガンスに寄生性はありません。土中にいてバクテリアを食べて生きています。

ノーベル賞受賞に貢献

1960年代にシドニー・ブレナーという分子生物学者が、生物の発生の仕組みと神経の働きを解き明かすため、C.エレガンスをモデル動物として提唱しました。モデル動物とは、人間の複雑な生命現象を解明するための実験に適した生き物のことです。
ブレナーとその共同研究者はC.エレガンスの細胞分裂の様子やニューロン(神経細胞)の回路を丹念に観察し、モデル動物としての実力を証明しました。C.エレガンスは成虫でも細胞数が959個、ニューロンが302個と少なく、単純な構造をしています。また、卵から孵化して成虫になるまでが4日と短く、遺伝子の掛け合わせも容易で、モデル動物として理想の特徴を備えています。ブレナーはこの研究で、ロバート・ホロビッツ、ジョン・サルストンと共に、細胞の「アポトーシス」という仕組みを突き止め、2002年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。アポトーシスとは、遺伝子にあらかじめ組み込まれた細胞を自発的に死なせる仕組みで、生物が健全な状態で生きていくのに欠かせないものです。

実はよく似ている線虫と人間のゲノム

ゲノム(全遺伝情報)の解析を最初に終えた動物もC.エレガンスです。これはその後のヒトゲノムの解析に大いに役立ちました。C.エレガンスと人間のゲノムはよく似ていることが判明し、この小さな線虫のモデル動物としての評価は一段と高まりました。現在もC.エレガンスを使って神経回路の情報伝達の仕組みの解明など最先端の研究が進んでいます。

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先生情報 / 大学情報

名古屋大学 理学部 生命理学科 教授 森 郁恵 先生

名古屋大学 理学部 生命理学科 教授 森 郁恵 先生

興味が湧いてきたら、この学問がオススメ!

分子生物学、生命科学、遺伝学、神経科学

メッセージ

私の研究室では、体長1mmの線虫という動物を使って人間の脳の仕組みの解明に取り組んでいます。高校での生物は暗記科目と思われがちですが、そうではありません。生物学は数学や物理学、化学とも密接な関わりがあり、理科で学ぶすべてを結集しないと成り立たない学問です。ですから、高校生のうちから幅広く学んでください。そして、今あなたが一所懸命やっていることをぜひ続けてほしいと思います。挫折を感じることもあるでしょうが、それを乗り越えて続けることで、大人になったときに大切な経験として生かすことができるのです。

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名古屋大学は、研究と教育の創造的な活動を通じて、豊かな文化の構築と科学・技術の発展に貢献してきました。「創造的な研究によって真理を探究」することをめざします。また名古屋大学は、「勇気ある知識人」を育てることを理念としています。基礎技術を「ものづくり」に結実させ、そのための仕組みや制度である「ことづくり」を構想し、数々の世界的な学術と産業を生む「ひとづくり」に努める風土のもと、既存の権威にとらわれない自由・闊達で国際性に富んだ学風を特色としています。この学風の上に、未来を切り拓く人を育てます。