体長1mmの線虫から人間の脳の仕組みを解き明かす

体長1mmの線虫から人間の脳の仕組みを解き明かす

302個のニューロンで人間の脳の仕組みに挑む

人間の脳を理解するために、「C.エレガンス」という線虫をモデルに使った研究が進んでいます。人間と線虫がなぜ結びつくのかと疑問を持つかもしれませんが、線虫も人間も受精卵が細胞分裂を経て形をつくる根本的な仕組みは同じなのです。しかも約1000億個のニューロン(神経細胞)があり、構造が複雑な人間の脳に比べ、C.エレガンスはニューロンがわずか302個で、それらをつなぐ回路がすべてわかっており、全細胞数も959個しかありません。C.エレガンスは単純な構造で扱いやすいため、複雑な人間の生命現象を解明するための「モデル動物」として重宝されています。

記憶・学習ができる線虫

C.エレガンスは、「温度走性」と呼ばれる行動をとります。ある温度でエサを与えて飼育した場合、エサがない別の温度に置かれると、エサをもらえた温度へ移動します。また、ある温度でエサを与えずに飼育すると、飢餓状態を体験したその温度を避けるようになります。これらの行動は温度差を感じ記憶することや、エサの有無と温度との関係を学習しなければできません。この仕組みを解明することで、人間の記憶と学習の仕組みもわかるのではないかと期待されているのです。

増改築型で進化するニューロン

これまでの研究で、温度を感じるAFDというニューロンや温度刺激を伝達するAIY、AIZ、RIAという3つのニューロンが、記憶や学習に関与することがわかってきました。また、それらのニューロンに働きかける遺伝子も解明されてきています。
ニューロンの仕組みは、進化の過程で徐々に新しい機能が付け加えられる増築型なので、線虫のニューロンの性質は人間のニューロンにも残っています。つまり、人間の脳は複雑に進化を遂げた結果できたものですが、その原理は1mmの線虫の神経回路に潜んでいるのです。私たちの心の働きは、脳がつくっています。線虫の研究で、人間の心が解き明かされる日もいつかやってくるに違いありません。

※夢ナビ講義は各講師の見解にもとづく講義内容としてご理解ください。

※夢ナビ講義の内容に関するお問い合わせには対応しておりません。

先生情報 / 大学情報

名古屋大学 理学部 生命理学科 教授 森 郁恵 先生

名古屋大学 理学部 生命理学科 教授 森 郁恵 先生

興味が湧いてきたら、この学問がオススメ!

分子生物学、生命科学、遺伝学、神経科学

メッセージ

私の研究室では、体長1mmの線虫という動物を使って人間の脳の仕組みの解明に取り組んでいます。高校での生物は暗記科目と思われがちですが、そうではありません。生物学は数学や物理学、化学とも密接な関わりがあり、理科で学ぶすべてを結集しないと成り立たない学問です。ですから、高校生のうちから幅広く学んでください。そして、今あなたが一所懸命やっていることをぜひ続けてほしいと思います。挫折を感じることもあるでしょうが、それを乗り越えて続けることで、大人になったときに大切な経験として生かすことができるのです。

名古屋大学に関心を持ったあなたは

名古屋大学は、研究と教育の創造的な活動を通じて、豊かな文化の構築と科学・技術の発展に貢献してきました。「創造的な研究によって真理を探究」することをめざします。また名古屋大学は、「勇気ある知識人」を育てることを理念としています。基礎技術を「ものづくり」に結実させ、そのための仕組みや制度である「ことづくり」を構想し、数々の世界的な学術と産業を生む「ひとづくり」に努める風土のもと、既存の権威にとらわれない自由・闊達で国際性に富んだ学風を特色としています。この学風の上に、未来を切り拓く人を育てます。