後世の物語との比較でわかる『源氏物語』の魅力
中世の物語は『源氏物語』のパクリ?
源氏物語が書かれた後も、名前もわからない作者たちの手によって、物語はずっと書き綴られてきました。中でも平安後期の三大物語と言われる『狭衣(さごろも)物語』『夜の寝覚(ねざめ)』『浜松中納言物語』は、『源氏物語』の影響を受けつつも、オリジナルの要素も加わった完成度の高い作品となっています。しかし、鎌倉時代から室町時代に書かれたとされる二十数編の物語は、『源氏物語』の影響を受けているという点では同じですが、文章を丸写ししていたり、内容を誤解してまとめていたりと、作品としてのレベルはかなり劣っています。
昔の人も物語の続きが読みたかった
このような後世の物語と比較することで、『源氏物語』の魅力は一層明らかになります。当時、『源氏物語』ほど完成度が高く、すぐれた作品は存在しなかったのです。その一方で、後世の人たちが『源氏物語』をどのように見ていたのかもわかります。中世の作品の中には勝手に『源氏物語』の続編を書いたものもありますが、中途半端に終わる物語の続きを、当時の人も読みたかったのでしょう。時代が離れていくにつれて梗概(こうがい=ダイジェスト)本が読まれるようになったことも、『源氏物語』の内容が誤って理解された要因と考えられます。現在でも、漫画や映画で『源氏物語』が原文とは違う解釈で描かれていることがありますが、当時から同じようなことが起こっていたのです。
人は自分の物語を書かずにはいられない
『源氏物語』の本当のおもしろさは、原文の中にあります。時代を超えて、ここまで愛されてきた理由は、恋愛や政治、雅(みやび)な世界だけでなく、必ずそこに人間の「心」の問題が絡んでいるからです。中世の物語には、『源氏物語』への愛や尊敬が溢れています。まさにファンが書いた同人誌のレベルですが、そこには、自分の物語を書かずにはいられない、人間の性(さが)が垣間見えます。それは、現代人がブログで私生活を公開する行為と通じているのかもしれません。
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