歴史や文化が層をなす、ミルフィーユのような古典の言葉
宮廷歌謡に見る古典の言葉
日本古典文学の言葉は、1000年を超えて受け継がれてきた言葉です。歴史や文化が〈層〉をなして立体化したものです。それを示す言葉に、平安時代の宮廷歌謡で、流行歌ともいわれる『催馬楽(さいばら)』の一曲『更衣(ころもがえ)』があります。この歌曲では、男性が女性と「衣服を替えよう、替える季節になった」と歌い、自分の衣服を思い人に着てもらうために持って行く様がうかがえます。現在は自分の衣服を季節ごとに入れ替えるのが衣替えですが、当時は男女のコミュニケーションツールといえるものでした。
衣服という言葉が示す男女のつながり
『催馬楽』の歌や言葉は、数々の古典文学に引用されていますが、古典の最高峰といわれる『源氏物語』にもたびたび登場します。その一つが「更衣」で、主人公光源氏の母で天皇の妻でもある「桐壺の更衣(こうい)」に見られます。衣替えではなく妻という意味ですが、「更衣」はやはり男女の仲を想像させます。
平安前期の古典で、教科書でもおなじみの『伊勢物語』にも衣服が登場します。その初段は、ある男性が美しい姉妹を見かけ、着ていた「狩衣(かりぎぬ)」の裾を切り取り、和歌をしたためて贈るという内容です。こう見ると、衣服が男女のつながりを示すキーワードだとわかりますし、『伊勢物語』を知っていれば、『催馬楽』や『源氏物語』への理解もぐんと深まりそうです。
言葉の向こう側を想像する
個々の「更衣」「狩衣」という言葉を〈点〉とすれば、古典の言葉は、点と点が線のようにつながったもの、あるいは洋菓子のミルフィーユを思わせる〈層〉をなした厚みのあるものといえます。日ごろ私たちは、ともすれば相手の言葉を自分の経験値だけで、表層のみを受け止めがちです。古典の言葉たちは、相手の言葉の向こう側を想像すること、想像する必要があることを教えてくれます。同時に、自分自身もミルフィーユのように厚みのある、豊かな言葉を使えるという理想を示してくれています。
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玉川大学 文学部 国語教育学科 教授 中田 幸司 先生
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