細胞の働きから、「がん」発生のメカニズムを解明する
多細胞生物に進化する過程で上皮細胞が生まれた
生物は、単細胞生物から多細胞生物に進化するなかで、異物や病原菌から自らを守るために体の表面と外界、あるいは臓器の表面と外界を分ける必要がありました。その時に作られたのが「上皮細胞」です。上皮細胞は、多くの細胞が集まって互いに接着したシート状です。細胞と細胞は接着して隙間がないため、病原菌などが入ることができません。この接着構造を「タイトジャンクション」と呼んでいます。細胞同士をくっつけているのは、細胞接着分子というタンパク質です。
細胞同士が離れるとがんになる
ところが悪性腫瘍(がん)になると、細胞接着分子が働かなくなり、細胞同士が離れて自由に移動できるようになります。これは、何らかの理由でスネイルという遺伝子が発現して細胞接着分子の発現を抑制するためです。ポリープのような良性腫瘍の場合はがん細胞が増殖しても細胞同士が離れないため、転移や周りの器官に入り込む「浸潤」は起こりません。それに対して悪性腫瘍は、元ある場所から分離して、血管やリンパ管を通って移動します。さらにがん細胞がアメーバのように動くことでほかの臓器などに入り込み、増殖して正常な臓器の機能を低下させてしまいます。
正常な遺伝子ががんを引き起こしてしまう
実は、このスネイルという遺伝子はがんのためにある遺伝子ではありません。受精卵から発生して胎児になる過程で、中胚葉や神経堤(しんけいてい)細胞という細胞が出現しますが、これらは上皮細胞にスネイルが発現して接着が壊れてできた細胞です。例えば中胚葉からさらに分化してできる血球細胞は接着せずに一つの細胞で機能しています。がん細胞では何らかの理由で本来出てはいけないときにスネイルが発現しているのです。
多細胞化によって進化してきた生物ですが、発生のメカニズムの異常な活性化ががんの要因になっているとも言えるわけです。正常な細胞の働きを詳しく調べることで、がんなどの病態の根源的な理解や根本的な治療の開発につなげることができるかもしれません。
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九州大学 理学部 生物学科 教授 池ノ内 順一 先生
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