単なる「壁」ではない、医療にも役立つ「生体膜」の流動的な性質
すべての細胞は生体膜を持っている
人間の体は数十兆個の細胞から成り立っています。それらの細胞の外側には、「生体膜」というリン脂質でできた外壁のような膜があります。生体膜の内側にはアミノ酸、タンパク質、核酸などが存在しますが、生体膜は単に細胞の内部と外部を隔てるだけの「壁」ではありません。まだあまり注目はされていませんが、生体膜は単なる壁を超えた、流動的な性質を持っています。遺伝子構造がわかっていても生命現象はいまだ解明されていませんが、生体膜を知ることは生命現象そのものを知ることにつながるかもしれないのです。
抗体としてのタンパク質が見せる変化
生体膜を構成するリン脂質にはタンパク質が埋め込まれています。このタンパク質は、ウイルスなど外部からの異物がやってくると抗体として機能します。抗体として異物と結合したタンパク質は、性質が変化して細胞にもいろいろな影響を与えることが、研究によりわかってきました。これまでフィジカルな(単なる物理的な)バリア(壁)だと思われていた生体膜は、流動的に性質を変化させる、いわば外界との「インタフェース」なのです。
新型コロナワクチンにも応用される生体膜の性質
リン脂質を使った人工の生体膜でできたカプセルを「リポソーム」と呼びます。リポソームはいろいろな技術に応用ができると期待されています。例えば、狙った患部にピンポイントで薬を届ける「ドラッグデリバリーシステム」はリポソームを活用したものです。ドラッグデリバリーシステムは副作用が少なく、さまざまな面で使用されています。
また、新型コロナウイルスに対するワクチンの一種である「メッセンジャーRNAワクチン」も、リポソームの技術を応用したものです。このワクチンは、ウイルスの設計図であるメッセンジャーRNAが酵素で壊れないよう包み込んで体内に送り込む仕組みのものです。生体膜の性質がより解明されれば、今以上にさまざまな局面で役立てることができるでしょう。
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大阪大学 基礎工学部 化学応用科学科 化学工学コース 教授 馬越 大 先生
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