講義No.09361 外国文学

『ハリー・ポッター』で、「信頼」について考えてみよう

『ハリー・ポッター』で、「信頼」について考えてみよう

誰も信じられないヴォルデモート

『ハリー・ポッター』に登場する闇の魔法使い、ヴォルデモートは絶対的な力を身につけ、世界を征服しようとしますが、自分の魂は万が一のときのために「分霊箱」に分割します。これは、どれほど自分が強くなっても、世界という他人を信じることができないからだと考えられます。イギリスの社会学者アンソニー・ギデンズは「子ども時代に基本的信頼を手に入れられなかった人間は世界を信じることができない」と述べています。常に世界に対して不信感を抱き、自分がいつも上の存在でなければ我慢がならなくなるのです。ヴォルデモートは、子ども時代に親から捨てられた存在だと描かれており、基本的信頼の欠如がその後の行動のきっかけになっていたのです。

ハリー・ポッターとの違い

ヴォルデモートのセリフに、「信頼したのは間違いだった」というものがあります。これは、日記として隠していた分霊箱が他人の手に簡単に渡ってしまったり、銀行に預けていた分霊箱の1つが盗まれたりといったことが続いたからです。一方、ハリー・ポッターも幼少期に親と死別していますが、ヴォルデモートとの決定的な違いは、親から愛されていた記憶があることです。ハリー・ポッターには、母が自分を守るために命を張ってくれた事実があります。それはハリーにとって、周囲と信頼関係を築きながら生きていくための大きな「お守り」となっていたのです。

人をどう信頼するか

ヴォルデモートは結局、自分が強くなって絶対的な力で世界を征服するのが一番で、誰かを信頼した時点で負けだと考えています。これは逆説的に、他人を信頼できない人間はどうすれば信頼できるようになるのか、という問題を提起していると言えます。ほかにも、『ハリー・ポッター』では、さまざまな場面で信頼についての問いかけが続きます。このように、何気なく親しんでいる小説や映画にも、さまざまな人間の営みや社会との関係性が隠されていることを読み解いていくのは、とても興味深い研究となります。

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東京都立大学 人文社会学部 人文学科 英語圏文化論教室 教授 中村 英男 先生

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メッセージ

人工知能(AI)の発達などで、誰でも簡単に理解できる言葉だけでコミュニケーションを取ろうとする傾向が強まる一方、陰影に富む表現や、よくわからないことについて語る能力が衰えているように感じます。逆に考えれば、一見、難しい文章、わかりにくい文章を読み解き、その中から自分なりにテーマを見つけてくる能力は、未来において価値あるものになるでしょう。
文章の読み方や論理の構築方法を学び、自分なりの「井戸の掘り方」ができる人になれば、必ず国際社会で活躍できる素養ができるはずです。

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