自分の姿を自在に変え他者を操る「演劇性」を、物語から見つけよう

自分の姿を自在に変え他者を操る「演劇性」を、物語から見つけよう

他者を欺く悪者

シェイクスピアの作品『オセロ』は、主人公オセロを恨むイアーゴーが周囲を欺き、オセロが妻のデスデモーナを殺すよう仕向ける様を描いた悲劇です。イアーゴーが他者を操作し、オセロに最大限のダメージを与える様子は悪人そのもののように描かれています。そしてこのようなことができるのは、自分の姿を自在に変えられる「演劇性」があるからだと考えられ、以降20世紀初頭まで、演劇性のある人間は悪者だと、小説の中で描かれるようになります。

自分で自分をつくっていく

「演劇性」を用いた作品がつくられるまでは、聖書で語られる固定化された「真理」が社会のすべてを支配していました。つまり、神に導かれた正しい生き方はこれだという絶対的な確信があり、人々はその教え通りに生きていればよかったのです。ところが英国ルネサンス期になると、『オセロ』の一節に「俺たちの身体が庭なら、俺たちの意志はさしずめその庭師ってところだ」とあるように、自分で自分をつくっていく、という自己形成の考え方が生まれたのです。そして、イアーゴーのセリフに「俺は本当の俺ではないのだ」という言葉があるように、目的のために他者を欺く演劇性が描かれるようにもなっていきました。

現代小説の中にも見られる演劇性

アメリカの文芸評論家でハーバード大学教授のスティーブン・グリーンブラットは著書で、他者を利用する能力と演劇性は同一のものであると述べています。また、英国ルネサンス文化にとって最も重要な課題は、「真っ向から対立しあう2つの立場をそれぞれ同じだけの説得力を込めて論じられるよう」になるよう生徒の能力を育成することだった、という点についても指摘しています。これが今では「ディベート」と呼ばれるものです。このような演劇性は現代小説の中にも見られ、宮部みゆき『模倣犯』や平野啓一郎『決壊』にも、他者を操作する力を持った人物の姿が描かれています。英国ルネサンス期に開花した「演劇性」が、時代を超えて現代の小説の中でも登場しているのです。

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東京都立大学 人文社会学部 人文学科 英語圏文化論教室 教授 中村 英男 先生

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人工知能(AI)の発達などで、誰でも簡単に理解できる言葉だけでコミュニケーションを取ろうとする傾向が強まる一方、陰影に富む表現や、よくわからないことについて語る能力が衰えているように感じます。逆に考えれば、一見、難しい文章、わかりにくい文章を読み解き、その中から自分なりにテーマを見つけてくる能力は、未来において価値あるものになるでしょう。
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