アメフラシの有機化学的生き残り戦略とは
アメフラシの防御
磯にいるナメクジのような生き物、アメフラシは敵に襲われると紫色のインクを出して逃げます。このインクは煙幕のような目くらましの効果があると思われていました。そこで、アメフラシの背中にある紫汁腺からインクを抽出し、乾燥したエビに塗ってカニに食べさせてみると、一度は口に入れるものの、吐き出してしまいます。これは、魚などほかの種類でもほぼ同じ結果でした。つまり、カニや魚はアメフラシのインクに含まれる物質の味を嫌っているのです。カニの目に黒いストローをかぶせて目隠しした実験でも効果は変わらないことから、煙幕としての視覚的な効果はないと推測できます。
インクの成分をさぐる
このインクの分子構造は、アメフラシが食べている赤い海藻に含まれる光合成色素だとわかっています。アメフラシはその色素を体の中に入れ、敵にとって嫌な味に変換しているのです。また、アメフラシはインクと同時に白い粘液も出します。この物質にはインクに含まれている酵素を分解するアミノ酸が含まれています。インクと白い粘液を混ぜると、酵素とアミノ酸によって過酸化水素が発生し、これも防御に役立っていると考えられます。
インクと粘液にはたくさんのアミノ酸が含まれているため、嫌な味の中に、うま味も混ざります。イセエビはアメフラシにインクを噴出されると、インクに飛びついて餌を食べるような行動をします。イセエビが混乱している間にアメフラシは逃げるのです。
環境にやさしい汚損防止剤
このように、アメフラシの出す物質には敵をあざむく多くの有機化学物質が含まれています。昨今、海底ケーブルやカメラなどの人工物を海に沈めると、バイオフィルムという菌類の膜ができ、その上にフジツボなどの生物が付着したり、カニやサメがかじったりする被害が起きています。そこで現在、汚損防止剤には銅などの毒性が強い物質が用いられていますが、アメフラシのインクをヒントにすれば、環境にやさしい汚損防止剤が開発できるかもしれません。
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東京海洋大学 海洋資源環境学部 海洋環境科学科 教授 神尾 道也 先生
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