虫にかじられた! 植物が全身に送るシグナル
植物の持つ情報伝達の仕組み
人間の脳における神経活動には、グルタミン酸受容体という膜タンパク質が重要な役割を担っています。また、生物学研究のモデル植物、シロイヌナズナの全ゲノムが2000年に解読されると、植物にもグルタミン酸受容体が存在することがわかりました。虫にかじられたり傷つけられたりしても、植物は一見無反応に見えます。しかし、実は「傷つけられた」というシグナルが全身に流れているのです。傷つけられた細胞からグルタミン酸がにじみ出て、養分を運ぶ師管にあるグルタミン酸受容体に結合します。すると細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇し、電気的な情報となって全身に伝わります。師管は神経のような役割も担っているのです。
情報伝達を可視化
カルシウムイオンに結合して蛍光を発するセンサータンパク質を用いることで、植物の全身に伝わるシグナルをリアルタイムで可視化できます。センサータンパク質を発現するように遺伝子組み換えしたシロイヌナズナは、カルシウムイオン濃度が上昇した部位が明るく光ります。このシロイヌナズナの葉っぱを傷つけると、傷ついた部分から全身に向って蛍光が伝わっていく様子がわかるのです。伝達の速度は1秒あたり約1mm。シグナルを受け取ったほかの葉は、虫が嫌がる物質を作るなどの防御応答をします。
新しい農薬への応用
カルシウムイオン濃度が上昇するきっかけは、グルタミン酸受容体にグルタミン酸が結合することです。実際に虫にかじられなくても、葉の先端に切り込みを入れてグルタミン酸溶液を1滴たらすと、同じようにカルシウムイオンのシグナルが伝わって、植物の虫に対する抵抗性が上がることがわかりました。従来の農薬は直接虫を殺すタイプがほとんどであるため、虫が薬剤耐性を獲得してしまうという問題が常にあります。しかし、植物の情報伝達を利用することで、植物自身の抵抗力を上げるというまったく新しいタイプの農薬の開発につながると期待されます。
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先生情報 / 大学情報
埼玉大学 理学部 分子生物学科 教授 豊田 正嗣 先生
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