化学が広げるドラッグデリバリーシステムの可能性
極小カプセルを患部にピンポイントで届ける
患部に薬を直接塗布できる皮膚の表面とは異なり、身体の内部にできた悪性の腫瘍などを治療するには、外科手術や放射線治療が用いられています。一方、これらの方法と比べて体への負担が少ない治療技術があります。体内の患部まで薬物をピンポイントで届けるという技術で、「ドラッグデリバリーシステム(DDS)」と呼びます。目には見えないナノサイズのカプセルを注射で体内に投与し、ナノサイズのカプセルが体内のがん細胞に集まったところで、外部からなんらかの刺激を与えてカプセル内部の薬物を患部で作用させる、これがDDSの仕組みです。
副作用のない超音波を用いたDDS
現在はその刺激に超音波を使うDDSの研究が進められています。がん患者の体内にナノカプセルを注入して、特定のがん細胞まで到達した時点で超音波を当てて、薬物を放出させるのです。この治療法であれば、超音波を照射した部位のがん細胞だけにダメージを与えられるので、抗がん剤と比べて副作用が少ないのが大きなメリットです。超音波は、妊婦のエコー写真を撮る際にも使われているように人体に無害なので安心して使うことができます。この超音波によるDDSでは酸化チタンが使われます。酸化チタンは紫外線を当てると強い酸化反応を示すことが知られた物質ですが、超音波を当てた際も同様の働きをして抗がん作用を示すことがわかってきたからです。
ワクチンにも応用可能
現在、日本人の死因第一位は男女ともに「悪性新生物(がん)」です。DDSは副作用の少ないがん治療法として、大きな可能性を秘めています。DDSは医師と工学の研究者が連携して生み出された治療法であり、新型コロナウイルスに効果のあるメッセンジャーRNAワクチンにもその手法を応用することができます。化学の強みは、分子を操ることができることです。医学や薬学などさまざまな知見を取り入れ、化学の力で必要される機能をもつ分子をつくることで、今後もDDSは大きく進歩していくでしょう。
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大阪公立大学 工学部 応用化学科 教授 原田 敦史 先生
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