講義No.12274 史学・地理学

現在の大阪城天守閣は、いつ、どのようにして再建されたのか?

現在の大阪城天守閣は、いつ、どのようにして再建されたのか?

短命だった大坂城の天守閣

安土桃山時代に、豊臣秀吉が石山本願寺の広大な跡地に築いた巨大な城が大坂城です。1615年の大坂夏の陣で、幕府軍によって豊臣氏が滅亡させられた際、大坂城はすべて消失してしまいました。その後、徳川幕府は約10年の歳月をかけて大坂城を再建しましたが、40年足らずのうちに、落雷によって天守閣は焼失しました。江戸時代末期には、新政府軍と旧幕府軍との争いのさなか、大坂城では火災が発生し、残る建物の大半も失われてしまいました。

明治から昭和にかけての大阪城

明治維新の後、新政府は全国を6つのブロックに分けて鎮台(軍隊)を配備し、各地の城跡にその拠点を置きました。大阪城には、大阪鎮台(後の第四師団)の司令部が置かれ、軍事基地として利用されるようになりました。当時の大阪では、それまでの江戸幕府を否定する意味合いで豊臣秀吉が再び脚光を浴びるようになり、その象徴の一つとして、大阪城を歴史遺産や観光資源として利用しようとする動きが強まっていきました。実際に、大阪城内に見学ルートが設けられ、第四師団によって大阪城みやげも販売されていました。
昭和時代に入ると、大阪城の天守閣再建を含む公園整備計画が、当時の大阪市長によって発案され、市民からの募金で当時の金額150万円をもとに実施されました。この金額は、換算方法によって現在の60億円から750億円に至るまで、さまざまな金額が算出されています。現在の大阪城の天守閣は、この整備計画によって1931年に完成したもので、現在に至るまでに各地の城で再建された、復興天守閣の先駆的存在となっています。

身近にある城に秘められた歴史

日本の各地にある城の数々は、戦国時代から江戸時代にかけて、武将たちの活躍の舞台となった場所です。しかしそれで終わりではなく、近現代に至るまで各地の城にはそれぞれ変遷の歴史があり、国や地域社会との関わりの中で存在意義を持ち続けてきました。あなたの住む土地の近くにある城にも、そうした歴史が秘められているに違いありません。

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金沢大学 人間社会学域 人文学類 教授 能川 泰治 先生

金沢大学 人間社会学域 人文学類 教授 能川 泰治 先生

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メッセージ

歴史とは、何のために学ぶものだと思いますか? それは、受験のためではありません。歴史学とは、当時の人々が当時の言葉で語った、公文書や日記、手紙、刊行物などの史料に基づいて、過去を再構成していく学問です。歴史を学べば、今がどういう時代なのかも見えてきます。過去からつながる今がどういう時代なのか理解できれば、未来への展望も広がっていくはずです。歴史を学ぶことを通じて、過去と現在と未来のつながりについて、考えていきましょう。

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金沢大学は150年以上の歴史と伝統を誇る総合大学であり、日本海側にある基幹大学として我が国の高等教育と学術研究の発展に貢献してきました。本学が位置する金沢市は、日常生活にも伝統文化が息づき、兼六園などの自然環境に恵まれ、学生が思索し学ぶに相応しい学都です。江戸時代から天下の書府とも呼ばれ、伝統の中に革新を織り交ぜて発展してきた創造都市とも言えます。「創造なき伝統は空虚」との警句を胸に刻み、地域はもとより幅広く国内外から来た意欲あるみなさんが新生・金沢大学への扉を共に開くことを期待しています。