日本で初めての職業女性作家、樋口一葉
日本初の職業女性作家
明治20年代に活躍した樋口一葉は、日本で初めての職業女性作家として知られています。代表作には『たけくらべ』や『にごりえ』などがあり、わずか1年半の作家活動の中で多数の作品を世に送り出して、24歳で亡くなりました。父や兄を亡くし、女性ひとりで家族を養っていかなければならなかった樋口一葉は、原稿料で生活の糧を得ようと作家をめざします。明治20年代は近代文学の黎明(れいめい)期にあたります。女性が職業としての作家の道を進む土台がなかった時期に、樋口一葉は先駆的な存在だったのです。
複雑な言語表現と女性心理
樋口一葉や三宅花圃など当時の女性作家たちの間では、女性が置かれている社会状況や制度について共通した問題意識が見られました。そのテーマを作品でどう表現するかに各作家の個性が現れており、樋口一葉は非常に複雑な言語表現によって、女性の一筋縄ではいかない内面を描写しようとしました。『にごりえ』の主人公のお力は酌婦(今でいうところの娼婦)で、自分の人生や仕事に対して鬱屈(うっくつ)した思いを抱えている女性です。小説の中には彼女がお酒を飲み、私はなぜこんな境遇なのだろうと苦悩を吐露する場面が登場します。かつて一葉は前近代的な女性を描いた作家だとみなされていましたが、女性作家研究が進んだ90年代以降は、明治期の女性の実像をリアルに表現した作家として読み直しが図られてきました。
重層性を読み解く
文学研究では、ひとつの作品やその中に登場する表現についてさまざまな角度から思考します。作品の中に書かれた言葉には、表面的に読み取れる意味だけでなく、さまざまな意味が込められており、その重層性を読み解く作業が求められます。言葉とは社会との回路でもあり、その表現の背後から、当時の社会状況も浮かび上がってきます。小説に描かれた表現を通じて複雑な人間心理を探り、時代との接点を読み解くことこそが、文学研究の意義といえるでしょう。
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