フィクション? コミュニケーション? 自由な和歌の世界
なりきる、演じる
和歌にはお題を決めて歌を詠む「題詠(だいえい)」というものがあります。和歌の公式イベントである歌合(うたあわせ)では、この題詠がメインでした。題はさまざまですから、すべて実体験で詠むことはできません。そのとき恋をしていなくても、恋の題が出れば、恋をしている人になりきって歌を詠みます。男性が女性を、女性が男性を演じて詠むこともあります。富士山や海を見たことがなくても、昔の和歌からその土地をどう詠めばよいか学び、思いをはせて見事に歌にするのです。こうしたフィクション性も和歌の面白さのひとつです。
紙に思いを込めて
和歌は昔の人にとって、大切なコミュニケーションツールでもありました。手紙のようにやりとりする和歌を「贈答歌(ぞうとうか)」といいます。贈答歌では和歌の内容だけでなく、贈り方も重要です。和歌を書く紙の種類や色、それを結びつける植物にも気を配っていました。ある男性は女性への情熱を示すために、真っ赤な紙に和歌をしたためて送りました。受け取った女性は、真っ白な紙で返歌しています。きっとその男性への情熱はなかったのでしょう。桜、橘、菖蒲など、季節に適した花の色の紙を用いたり、薄い紙を二枚重ねる(例えば赤に白の紙を重ねると透けて桜色になる)手法をとったりと、さまざまな趣向を凝らしました。
自由奔放な平安の表現
個人の和歌集を、「私家集(しかしゅう)」といいます。私家集はその人の死後に身近な人が編纂(さん)することもありましたが、歌人本人が自分で編纂することもよくありました。そこには、現実とは異なる「こうありたい」という理想の自分を描くこともあります。例えば、夫も子どももいる、ある女性が書いた私家集には、家族が一切出てきません。代わりに、別の男性との華やかな恋が、表現豊かに描かれています。これは、SNSで写真を盛り、見せたい面だけアップする現代人の行動にも似ています。和歌を個人の手記として読み解くと、約1000年前の人々の感性や思考がまざまざと浮かび上がってくるのです。
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京都教育大学 教育学部 国文学科 講師 小林 賢太 先生
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