小説からみる、芥川龍之介とキリスト教
最期まで聖書と共にあった
『羅生門』などの小説で知られる芥川龍之介は、近代日本文学を代表する作家の一人です。彼が36歳の若さで自殺をしたとき、枕元に一冊の聖書が残されていました。一般的に理知的な印象が強い芥川ですが、彼は子どもの頃からミステリアスなもの、理知では割り切れないものに関心があり、亡くなる間際まで聖書を読んでいたことが知られています。芥川は学生時代にキリスト教に出会って以来、そのときどきで距離感は異なるものの関心を持ち続けて、キリスト教を題材にした小説をたくさん手がけていきました。
人間の極限状態としての祈り
芥川のキリスト教文学を考えるときに、「祈り」というモチーフは重要です。人間の極限状態におけるありようとして、祈りの姿が登場します。『南京の基督』は、クリスチャンの娼婦を主人公にした小説です。梅毒にかかった彼女は誰かに病気をうつしてしまわないように客を取らず、私をお守りくださいと切実に神に祈っていました。そんな彼女の前に、イエスそっくりの客が現れて一夜を共にします。物語の結末で、彼女は信仰の結果、梅毒が治ったと信じ込みますが、芥川はそこを単なる奇跡では終わらせずに一捻りを加えた結末を描きました。祈りという行為を通じて人間の心の核心に触れる芥川のキリスト教小説からは、信仰の問題や異文化受容など、さまざまな論点が浮かび上がります。
時代とその制約を超える文学の力
作品は時代の鏡とも言われるように、小説には執筆された時代の影響や、作家の中の内的必然性が表れています。このように時代に制約される面もある一方で、100年前に書かれた小説が今読んでもとてもリアルに感じられるように、文学は時代を超えて私たちに訴えかける力を持っています。作品そのものを深く読んでいく過程を通じて、私たちは想像力を養うこともできます。小説を通じて多角的にものごとをみる視野の広さや、相手を思いやれる想像力を学べるのも、文学研究における大きな意義と言えるでしょう。
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先生情報 / 大学情報
広島女学院大学 人文学部 日本文化学科 教授 足立 直子 先生
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