小説を読もう! 常識や固定観念にとらわれない読みの試み
芥川版『蜘蛛の糸』と元ネタとを読み比べると?
芥川龍之介の小説『蜘蛛(くも)の糸』(1918)は、地獄に落ちた悪人(犍陀多)が、クモの糸にすがりついて登り、地獄からの脱出を試みますが、自分さえ脱出できればいいという欲を出したために糸が切れて地獄に戻るという内容です。救済を試みたお釈迦様が、落胆して悲しい顔をするという結末が印象的です。この小説には元になった物語があります。その有力なものに、仏教書『因果の小車』所収の「蜘蛛の糸」(1898)があります。『因果の小車』のお釈迦様は何度も犍陀多を諭して助けようとするのに対して、芥川版『蜘蛛の糸』のお釈迦様はただ見ているだけで、冷酷にすら感じられます。つまり、「お釈迦様=慈悲深い」という固定観念を揺さぶる仕掛けが施されているのです。
読むための道具を使えば「読み」の可能性が広がる
読解分析の際に、「都市論」「ジェンダー論」などの道具を使います。例えば、芥川龍之介の『蜜柑』(1919)では、「私」と娘が乗り合わせた横須賀線に注目します。「私」は娘を田舎者だと軽蔑しています。その娘がある所で汽車の窓を開けて、待っていた子どもたちにミカンを放り投げる場面が印象的です。都市と人間との関係に注目する都市論を使って分析すると、娘は時刻表や鉄道という都市のシステムを利用して、サプライズ・イベントを仕掛けたのだというもう一つの物語が読み取れます。何時に乗車して、何時に通過するか等々、娘は横須賀線をたくみに利用できるほどの知性を持っているわけです。
テクスト(小説本文)と向き合う読解分析の面白さ
読解分析の際に、あえて「作家の意図」にこだわらないで分析するという方法があります。作家をめぐる情報は、ノイズになる場合さえあるからです。テクストの構造や表現に即すこと、根拠を示すことを厳守し、分析のための道具を駆使して読解分析を進めます。従来説を超えて新たな見解が生まれる時、固定観念に揺さぶりがかかる時、小説表現の多様なありように気づかされます。
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先生情報 / 大学情報
駒澤大学 文学部 国文学科 教授 岡田 豊 先生
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近現代文学、日本文学先生が目指すSDGs
先生への質問
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