「職業」作家としての芥川龍之介
作家としての個性
芥川龍之介には、実の父と育ての父の2人の父親が居て、2つの家がありました。実の父の家系は江戸幕府と対立した長州藩の出身で、一方育ての父は母親の兄であり、代々徳川家に仕えた家柄である芥川家です。
芥川がデビューする直前は、実の父親が牧場を経営し牛乳製造販売業を営んでいることを隠さずにいたのにもかかわらず、デビュー後に自分の家系のことを書いた文章では、芥川家を前面に出しています。これは作家を職業として意識した芥川が、作家としての個性を考えて意図的に発信した情報の操作だと考えられます。
メディアと作品の関係
芸術に携わる作家であっても、職業として成り立たせるためには単に好きなことを書くのではなく、プロとして通用する技術や知見に加え、作品が世に認められるための戦略も必要です。芥川は、発表するメディアに対する作品の傾向を的確にとらえて執筆していました。彼の代表作と言われる「羅生門」は東大の雑誌である『帝国文学』に発表されました。この後、芥川は新人作家がめざす権威ある雑誌であった『中央公論』に「手巾(ハンケチ)」を発表しています。この作品はわかる人が読めば実在の人物を批判するものだとすぐに気づくものでした。内輪ネタとも思える作品をあえてこのメディアに書いたことは、極めて意識的な行為だったと考えられます。依頼されたメディアにはどんな読者層があり、何が好まれるのかをきちんと見極め、それに沿った作品を提供できるのも、作家の技術の一つだと言えます。
芸術を理解し職業として書く
芥川は、芸術の崇高さを理解し、自らの表現に真摯に向き合った作家です。その上で、時代を見据え、自分のポジションを築くための道筋をきちんとつかめた人物だと言えるでしょう。一つの作品を読み解く時に、作家本人のパーソナリティや時代背景だけでなく、プロの作家としてのあり方を知ることで、作品の個性をより深く感じることができます。作家が選び取った一言一句に対して、解釈の可能性を広げる努力こそが、「文学」研究という学問なのです。
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横浜市立大学 国際教養学部 国際教養学科 教授 庄司 達也 先生
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