アイルランドとイギリスの複雑な関係
対立の歴史
アイルランドでは5世紀以来、土着のアイルランド人がキリスト教のローマ・カトリックを受容し、独自の社会を築いていました。しかしプロテスタント(イングランド国教会)を国教とするイングランドはアイルランドの政治的支配を進める過程で、ローマ・カトリック教徒の権利を制限していきます。この支配が完成する17世紀の終わりには、ローマ・カトリックのアイルランド人は財産所有・政治参加・高等教育進学などの権利を絶たれ、以後のアイルランド総督はほぼイングランド人でした。
イギリス帝国とアイルランドの海
18世紀、ブリテン諸島の他の地域を政治的支配下におさめたイングランドは、海外植民地を拡大し、巨大なイギリス帝国になります。帝国の貿易と防衛の舞台となったアイルランドの海を見ると、この枠組みの中を生き抜く様々な人々の姿が見られます。例えば母国フランスを捨てて亡命し、アイルランドの役人となったプロテスタント難民の回想録には、アイルランド南西沿岸部を襲撃するフランス私掠船(しりゃくせん:戦時に敵国の船・沿岸部を攻撃・略奪することを認可された民間武装船)と戦った話が記されています。その私掠船に乗っていたのは、彼とは逆にアイルランドからフランスに逃げたローマ・カトリックのアイルランド人たちでした。この国境を越えたねじれた関係性からは、当時の出来事が「国家」や「民族」の単純な二項対立では説明できないことが分かります。
残された史料から歴史をひも解く
アイルランド側に残されていた近世の公文書は20世紀初頭の内戦でほぼ焼失しました。しかし、イギリス国立公文書館の海軍文書コレクションには、アイルランド総督府やアイルランドの海軍拠点と、ロンドンの海軍本部との間の通信が豊富に残っています。二国の根深い歴史的対立のために放置されていたこれらの史料は、この対立関係から自由な日本の研究者が初めて開封したものも多いです。これらをさらに深く掘り下げて調べることで、世界史を書き換えるような新発見に繋がるはずです。
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先生情報 / 大学情報
大阪産業大学 経済学部 経済学科 准教授 雪村 加世子 先生
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