味覚と人間の強いつながりが科学技術でよみがえる
食べ物の味には生きるための「意味」があった
かつて人間は、食べ物の味から本能的に「意味」を読み取っていました。例えば酸味は腐敗のシグナル、苦味は毒性の警告です。甘味やうま味は栄養源、塩味はミネラル源と感じていました。現在と違って食べ物の安全性が確保されない中で、味は人間が生き残るための重要な機能を提供していたのです。味が本能的な感覚であることは、赤ちゃんに酸っぱい食べ物や苦い食べ物を与えるとわかります。赤ちゃんは不快に感じ、すぐにそれらを吐き出します。味覚情報は人間の感情を司る進化論的に「古い脳(大脳辺縁系)」に伝えられることがわかっており、このことが味覚と好き嫌いの感情が関係している要因と考えられます。
ただ、人間の味に対する感覚は時代とともに衰えていきました。これは視覚が急速に発達したためです。視覚はほかの感覚に比べ遺伝的に伝えられる機能はわずかですが、「新しい脳」である大脳の処理能力の高度化によって、数々の新しい文明を産み出しました。視覚のほかの感覚との違いは、対象を自分とは関係ない外側にとらえる点です。例えば、あるモノの長さや重さを測れるのはそれが外側にあるからです。一方、味覚は対象を口に入れる必要があり、味を測る基準も自分の内部にあります。進化の過程で味覚が置き去りにされたのは、味覚に客観性が付与されなかったためと考えられます。
味覚センサーで人間と味覚の新しい関係が生まれる
しかし、食べ物の味を計測する「味覚センサー」の開発によって、味の数値化が可能になりました。この装置の重要性は、時計と比較するとわかりやすいでしょう。時計がなかった時代、人間はおよその時間しか知りませんでした。時計が発明されたことで時間の厳密な表示が可能になり、例えば労働時間と報酬という制度を可能にしたのです。味の数値を表示し、多くの人が味を客観的に認識できるようになれば、そこから新しい制度や文化が生まれるでしょう。味覚と人間との強いつながりがよみがえる可能性もあります。
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