柿本人麻呂の謎
万葉集の最大の謎・柿本人麻呂
「万葉集」は日本最古の歌集で、奈良時代、平城京遷都前後の約百年間に詠まれた4500首ほどの歌が収められています。後の時代の歌集と比較すると、「長歌」が多く、また素朴で生活感あふれる歌が多いのが特徴です。しかし謎の多い歌集でもあります。「古今和歌集」のような勅撰和歌集ならば、序文があり、歌集成立の事情がわかりますが、万葉集は成立年代も編者もよくわかっていません。中でも万葉前期を代表する歌人・柿本人麻呂は謎が多い人物です。天皇や貴族なら「日本書紀」などの歴史書に名前が残っているのですが、人麻呂はどこにも載っていません。万葉集の中にしか登場しない人物なのです。彼こそは歌のみでその生を記した純粋な「歌人」なのだと言えるでしょう。
最古の恋愛小説? 人麻呂の石見相聞歌
人麻呂の歌には旅を詠んだものが多くあります。当時の旅は、基本的に辛くて嫌なものでした。そのため概して旅の歌は都への恋しさや大切な人との別れを悲しむ内容になります。一種の相聞歌(恋の歌)のような色合いの作品が多いのです。ある時、人麻呂は仕事で石見の国(島根県)に滞在し、そこで一人の女性と結婚しました。しかし役目が終わり都に戻らなくてはならなくなり、その別れを悲しんだ長歌を詠んでいます。これは天皇でも貴族でもない普通の人の恋愛を描いた最初の物語として貴重なものです。現代とは結婚の制度や男女の出会い方がまったく違っていても、「会いたい」という恋の感情は今に通じるものが見て取れます。そこが万葉集の大きな魅力なのです。
人麻呂の表現の力
人麻呂は中国文学の影響を受けた新しい表現を取り入れていました。また対句を使うなど、新しい構成への意欲もはっきりしていました。万葉中期から後期にかけては、人麻呂の影響を受けたと思われる歌が出てきます。独創的な物語性をもった歌の力が、歌聖・柿本人麻呂の名を残したのでしょう。
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先生情報 / 大学情報
駒沢女子大学 共創文化学部 国際日本学科(2025年4月新設 設置届出済) 教授 三田 誠司 先生
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