毎日少しずつ文章を書くという行為が、生きることに与える意味
10冊以上の本を出版したけれど
アメリカの社会哲学者、エリック・ホッファーは、1902年にニューヨークで生まれました。7歳のとき、彼は母親と死別し、同時に視力を失います。15歳で奇跡的に視力を回復しますが、18歳になると今度は父親を失います。天涯孤独となった彼は貧しい生活を強いられ、さまざまな仕事を転々としながら、図書館で本を読み、独学で勉強を続けました。季節労働者として各地を渡り歩いた後、サンフランシスコで港湾労働に従事するようになります。労働の合間に日々文章を書き続け、81年の生涯で10冊以上の本を著しました。そのことから「沖仲仕(おきなかし)の哲学者」と呼ばれています。しかし、ホッファーは自分が「もの書き」だとは考えていませんでした。また、港湾労働の仕事に特別な意味を感じていたわけではありません。彼は仕事に意味を求めていなかったのです。「本当の生活」は「その後」に始まると考えていました。
書かずにはいられないことを、ただ書き続けた人生
「本当の生活」のために彼が必要としたのは、1日2回のよい食事、タバコ、何冊かの本、そして「毎日、少し書く」ことです。彼はノートを常に持ち歩き、そこに毎日、書いていました。ホッファーにとって「書く」ことは、心のくもりを払い、思考を明晰(めいせき)にすることでした。生きるために必要な行為だったのです。だから、自分が書きたいこと、書かずにはいられないことを、ひたすら書き続けたのです。
自分にとって本当に必要と思えることを書く
「書く」という行為は、作家だけのものではありません。生活に必要な仕事のかたわら、「毎日少しずつ書くことを、生涯にわたって続ける」ことの方が、作家になることより、人間にとってはずっと大切なことなのです。
本当に自分にとって必要なことを、毎日少しずつ書き続けること、そうして書かれた文章は、ホッファーの著作のように、ほかの誰かにも、いつか、何かの形で必要とされるものになります。実は、それこそが本当の意味で作家になるということなのです。
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東海大学 文化社会学部 文芸創作学科 教授 山城 むつみ 先生
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