講義No.09534 外国文学

『アエネーイス』がホメーロス作品の「パクリ?」なのに評価された訳

『アエネーイス』がホメーロス作品の「パクリ?」なのに評価された訳

『平家物語』に通ずるホメーロスの作品

古代ギリシアの詩人ホメーロスは、トロイア戦争を題材にした『イーリアス』と『オデュッセイア』を作り上げた人とされています。これらは「英雄叙事詩」と呼ばれ、古代ギリシア・ローマ時代を通じて最も尊重されたジャンルの作品です。「詩」といっても一万数千行にも及ぶ長編で、一定の規則のもとで一行ごとに変化が可能な韻律が用いられています。日本の古典で言えば、『平家物語』に近く、朗唱によるリズムと共に物語を味わうものでした。

ギリシアとラテンの両方を学ぶ理由

やがてギリシアはローマ帝国に支配されますが、文化的にはむしろ逆で、ラテン文学はギリシア文学の圧倒的な影響下に置かれます。例えばウェルギリウスの『アエネーイス』は、ホメーロスの両作品と同じトロイア戦争を背景に、同じ韻律で書かれていて、類似した場面や表現も頻繁に現れます。しかし、その創作手法は決して「パクリ」などではなく、むしろ「創造的模倣」と呼ぶべきもので、作者は同じ英雄叙事詩の伝統の上に独自の革新の手を加えているのです。ギリシア・ローマの文学を一貫するこの伝統と革新の営みを正しく理解するには、ギリシアとラテンの両方を学ぶ必要があるのです。

『アエネーイス』はローマ建国の物語

ホメーロスの作品と『アエネーイス』が異なるのは、トロイア戦争への視点です。『アエネーイス』はトロイアの英雄アエネーアースが祖国陥落の後に地中海世界を放浪しやがてイタリアに新しい都を建てる話なので、ローマ建国の物語にもなっています。これは読者であるローマ市民の自己肯定感を満足させるものでした。ウェルギリウスはまた、内乱から平和へと移行した同時代の歴史をも投影するような形で、ホメーロス的な神話伝説とローマの歴史とを融合させています。アエネーアースには内乱を終結させたアウグストゥスの姿が重ね合わされるのです。しかし、単にローマとその権力者をたたえるのではなく、新たな歴史を築いていく人間の苦難や悲劇も描き込まれた普遍的な物語になっているのです。

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東京都立大学 人文社会学部 人文学科 教授 大芝 芳弘 先生

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西洋古典学

メッセージ

もしあなたが「外国語は難しい」という印象を持っているなら、いっそのことギリシア語やラテン語を勉強してみるのはどうでしょう。意外にもフィットして、どんどん学びたくなるかもしれません。西洋古典の作品を原典で読めるようになると、見える世界が変わってきます。
実は現代に伝わっている古典の作品は、何回となく書き写されてきたものであり、少しずつ言葉や内容が違っている場合も少なくないのです。本当に正しいものはどれなのか、作者はどういう思いで記したのか、じっくり向き合って考えることに価値を見出してください。

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