日常的に用いる言語表現に広く見られる「換喩」とは?
「村上春樹」は作品を指すことができる
「村上春樹を読んだ」という文があるとします。これはもちろん、「村上春樹という人物を読んだ」ではなく、「村上春樹の作品を読んだ」という意味です。このように、ある表現を使って、その表現が通常指すものと密接な関係にある別のものを指すという現象を換喩(かんゆ)といい、どんな言語にも存在すると考えられています。
換喩は動詞に対しても起こります。例えば、「しみる」という動詞を使って「冷たい水が歯にしみる」とも「歯がしみる」とも言えます。「冷たい水が歯にしみる」は、冷たい水が少しずつ歯に入り込んで作用する、という意味を表していますが、「歯がしみる」は、その結果歯に痛みが生じることに意味の焦点が移行しています。こうした意味の違いを反映して、前者では「冷たい水」が、後者では「歯」が、それぞれ主語になっているのです。
換喩は言葉の意味を変化させる?
言葉の意味変化にも換喩が見られる例があります。英語のbeadsは現在では<数珠玉>を意味しますが、もともとは<お祈り>という意味でした。昔は教会で同じお祈りを何度も唱えるという習慣があり、手に持った数珠玉を数えることによってお祈りの回数を把握していました。<お祈りを数える>のと<数珠玉を数える>のとは同じ行為であったため、beadsが<数珠玉>を表すようになりました。これは意味変化に見られる換喩といえます。
意味の焦点の移行で文法が生まれる
認知言語学の重要なテーマの1つに「文法化」があります。本来の意味が希薄化して文法の一部として定着していくことを文法化といい、どの言語にも見られる現象です。
例えば英語にbe going to~という表現があります。ある時点以降に生じる事態を表す構文ですが、もともとは<~するために移動している>という意味でした。しかし、意味の焦点が移行して<移動>の意味が薄れていって、<ある時点以降に事態が生じる>という意味だけが残ったのです。
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東京大学 文学部 人文学科 教授 西村 義樹 先生
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