物語を読むためだけではない? 古典の絵画化に込められた意図
物語の絵画化に隠れた工夫
絵巻からは、物語の世界を可視化しようとする絵師の意図が感じられます。例えば、天井を取り払って屋内の様子を見下ろす「吹抜屋台(ふきぬきやたい)」の手法など、随所に工夫が見られます。本当に目の前に見えているものではなく、見せたいものを描く、という手法は、西洋の写実的な絵画とは異なる芸術といえます。
物語の解釈の深さが表れた絵巻もあります。『源氏物語』で女三の宮(おんなさんのみや)という女性が赤子を産み、光源氏が複雑な表情でその子を抱く場面があります。赤子の父親は光源氏ではなく、ほかの男性だからです。この場面を絵画化したものの中には、女三の宮と光源氏の間に畳のへりや柱、すだれなどの「境界線」を複数描いたものがあります。近くに座る2人の間に、実は心理的な距離感があるということを物語から読み取り、絵で表現しているのです。
アニメと絵巻の共通点
古い絵巻物に使われている岩絵具は、時代とともに劣化して、はがれ落ちます。そのため、下絵の線が見えるものがあり、絵巻が完成するまでの経緯がわかります。顔料で塗りつぶされる箇所には、色指定などの作業指示が書かれているものもあります。絵巻は一人で描き切れる量ではないため、マンガやアニメのプロダクションのように分業で作られます。国宝「源氏物語絵巻」でも、少なくとも4グループが下絵を担当していたことがわかっています。絵巻からも分業ならではの顔立ちの違いが見て取れます。
豪華本はステータスのひとつ
『源氏物語』の豪華本は、公家や大名家、裕福な商家の娘が嫁入りの際に持たされることがありました。『源氏物語』を読むという目的のほか、美麗な本や調度品を作る権力や財力を誇るためにも使われました。また、平安時代の王朝文化を継承するというアイデンティティーの表れでもありました。公家の文化とはどのようなものか、女性はどのようにふるまうべきか、という教育にも、絵を付された王朝物語は活用されていたのです。
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東京大学 教養学部 准教授 永井 久美子 先生
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