『東海道中膝栗毛』は笑いのスタンダード
教科書に載らないヒット作
駿河(するが 現在の静岡県中部)出身の江戸時代の人物に、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)がいます。彼は『東海道中膝栗毛』などのシリーズで知られる有名作家ですが、作品中には駄洒落(だじゃれ)や体当たりのギャグ、品のない笑いが盛りだくさんです。遊廓(ゆうかく)や遊女も登場し、人によっては眉をひそめるようなエピソードも多く、親が子どもに読ませるのに難色を示す典型的な作品だと言えます。現代で言うところのドリフターズのコントや『クレヨンしんちゃん』に近い内容だったのです。
読み手を熟知していた一九
しかし、ドリフターズや『クレヨンしんちゃん』が現代で人気を得たように、「膝栗毛」も当時の人たちに大いに受け入れられました。読み手の感性は今も昔もそれほど変わらず、わかりやすく、ちょっと品のない笑いこそ面白がられるものです。性的なものをイメージさせる描写にしても、古くは『枕草子』や『源氏物語』でも描かれ、「百人一首」の歌にも詠まれています。作品の本質的な面白さが人々に受けると熟知していた一九は、商品を売るための戦略を考えられる、優れたビジネスパーソンだったとも言えるでしょう。
「膝栗毛」が変えたもの
別の視点から見ると、毎回の話がパターン化され、明確なキャラクターシステムが作られていた点も、読み手のハードルを下げた一因です。弥次(やじ)さんと喜多(きた)さんの2人さえいれば、どこに旅をしても話が成立します。その点では現代の「水戸黄門」に通じているとも言えます。実際、「膝栗毛」も長寿シリーズとなり、一九は20年の長きにわたり執筆を続けました。このシリーズがいかにヒットしたかを示す証拠として、江戸時代の出版システムを変えたという点があります。それまで、大衆向けの作品は浮世絵と同じ江戸限定の問屋が扱い、販売網も限られていました。しかし「膝栗毛」があまりにも人気が出たため、広く地方でも販売するようになったのです。つまり「膝栗毛」は出版史にも大きな足跡を残した、重要な作品なのです。
参考資料
※夢ナビ講義は各講師の見解にもとづく講義内容としてご理解ください。
※夢ナビ講義の内容に関するお問い合わせには対応しておりません。
先生情報 / 大学情報
静岡大学 人文社会科学部 言語文化学科 教授 小二田 誠二 先生
興味が湧いてきたら、この学問がオススメ!
言語文化学先生への質問
- 先生の学問へのきっかけは?