人間は環境の奴隷? 「ベクション」から考える自由意志の問題
「動く」のではなく「動かされている」
停車している電車に乗っているとき、目の前で別の電車が動き出すと自分が動いているように感じることがあります。実際には止まっているのに、自分が移動しているような感覚になる現象を心理学で「ベクション(視覚誘導性自己運動感覚)」と呼びます。真っ暗なモニターの中心から無数の小さな点が放射状に動いていくのを見ると、自分が宇宙空間を進んでいるように感じることもベクションの一例です。ガリレオが地動説を唱えるまで、地球こそが世界の中心で、太陽などの天体が周囲を動いていると考えられていました。地動説という科学的な見解の登場により、地球は世界の中心でも主体でもなく、客体に過ぎないことが判明しました。ベクションに見られるように、人間も客体であって環境に動かされる存在なのです。
ラーメンを食べるのはあなたの意思?
例えばあなたがインスタントラーメンを食べるとします。ラーメンを食べるという行為は、あなた自身の選択だと思うかもしれませんが、その前に見たCMの記憶や、誰かが食べている匂いの影響があったかもしれません。あなたの意思ではなく、外界からの影響によって「インスタントラーメンを食べる」という行為に向かわされている、すなわち人間に「自由意志」はなく「環境の奴隷」であると考えることもできます。
犯罪と自由意志の関係
近年、親による子どもの虐待が問題視されています。虐待する側は世間から激しく非難されますが、子どもを虐待する親も実は幼少期に虐待を受け、脳に不可逆の傷を負っているケースがあります。虐待する側だけを断罪しても、その環境に目を向けなければ根本的な解決にはつながらないのです。親鸞は「悪人正機説」で「悪人こそが救われるべき」と教えを説きました。これは犯罪者を擁護するということではありません。日本は法治国家なので犯罪者は法にのっとり裁かれるべきです。一方、心理学や科学は法や道徳から離れて、通常とは異なる角度でものを見る視点を提供する学問でもあるのです。
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九州大学 芸術工学部 芸術工学科 メディアデザインコース 准教授 妹尾 武治 先生
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