背景を知り感性を磨く、謎解きのような文学研究
「羅生門」のストーリーは1つじゃない?
芥川龍之介の「羅生門」は、「下人の行方は、誰も知らない。」という最後の一文が有名です。しかしこの小説は二度、大きく書き直されているのです。まず雑誌に発表され、単行本に収まり、次の新しい単行本にも再掲載されたのですが、先の一文があるのは二回目の単行本バージョンです。さらに、芥川が大学在学中に書いたノートや試し書きの原稿用紙など、雑誌に発表される前の試作品も残っています。それらを調べると、下人は侍だったり、京都に流れ着いたよそ者だったりしたことがわかります。何より面白いのは、「誰も知らない」はずの下人の行方が、はっきりと書かれたバージョンも存在することです。芥川の中には明確な答えがあったのに、最終的にはあえて「謎」にしたのです。
古典文学との比較
また、「羅生門」は『今昔物語集』に収録された「羅城門登上層見死人盗人語」を原作としています。「羅生門」では下人が飢え死にするか盗人になるかの二択で迷い、苦悩します。しかし『今昔物語集』の人物は迷うことはなく、最初から最後まで盗人です。文学研究では、こうした設定や表現の違い、それにより読者の受け止め方がどう変わったのかといったことを、昔の資料とも比較することで読み解いていきます。
名作は未来のクリエイティビティをも刺激する
大正時代に発表された「羅生門」は、第二次世界大戦後、黒澤明監督によって映画化されました。映画では国際的にも高く評価されているシーンがあります。物語の終盤、底深い人間不信に陥った登場人物たちが、捨てられた赤ちゃんの肌着を盗むかどうかでせめぎ合う場面です。小説「羅生門」でも『今昔物語集』でも着物を剥ぎ取る行為が描かれますが、創作者は表現方法や人物を変えて、何度も人間の真の姿というテーマに迫ろうとしているのです。文学は、作者自身、映画監督、そして未来の作家たちによって「書き直され」、次の創作につなげられていきます。文学はメディアを超えて、姿を変えながらも受け継がれているのです。
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甲南大学 文学部 日本語日本文学科 教授 友田 義行 先生
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