コムギとイネで新たな植物ができる? 人工授精で環境に適応
多様な環境に対応する雑種
オーストラリアはもともとコムギの輸出国でしたが、気温上昇や干ばつなどが原因で収穫量が激減し、逆にコムギの輸入国になってしまいました。このような事態はほかの国でも起こりつつあります。環境変化に適応して食糧を確保するために、さまざまな条件下で育つ穀物の重要性が増しています。しかし受粉は基本的には同じ種の間でしか成立しないため、異なる種を組み合わせて思い通りの雑種を作ることは困難です。違う種の花粉をめしべにかけても花粉管が発芽せず、受精が起こらない「生殖隔離」という現象が起きてしまうのです。
人工受精で生殖隔離を回避
生殖隔離を回避する方法のひとつが人工授精です。植物のめしべから卵細胞を、おしべから精細胞を採取して融合します。細胞を直接融合するため花粉管を発芽させる必要がなく、従来は不可能だった組み合わせで雑種を作出できるようになりました。雑種の人工受精そのものは比較的簡単ですが、その後の胚発生を成功させるためには工夫が欠かせません。異種間のゲノムが協調しなければ、細胞分裂が途中で止まってしまうからです。例えば、コムギとイネとを組み合わせた雑種の開発に成功していますが、この場合は、まず両者の卵細胞を融合させ、次にコムギの精細胞を融合させるという方法で実現しました。
イネの性質を持つコムギ
コムギとイネとの雑種は、コムギと同じように育ちます。胚が発生していく過程でイネの核ゲノムが脱落し、核ゲノムが残るコムギの性質が多くなるからです。しかしイネの葉緑体やミトコンドリアは残ります。ミトコンドリアや葉緑体は植物の環境耐性に深く関わる要素です。コムギは通常、涼しく乾燥した場所で育ちます。そのため地球温暖化などの影響で気温が高くなると育ちにくくなってしまいます。一方イネは高温に強く、湿気の多い場所でも育ちます。両者を掛け合わせることで、見た目や味はほぼコムギですが、イネに適した環境でも育つ新たな穀物が生まれる可能性が示されたのです。
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東京都立大学 理学部 生命科学科 教授 岡本 龍史 先生
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