馬の繁殖技術の向上で、地域の歴史的な「馬文化」を守る
馬文化と小規模飼育が抱える課題
岩手県は歴史的に馬との関わりが深く、名馬の産地として知られています。近代に至るまで、馬は人々の暮らしの中で重要な役割を果たしてきました。しかし、現在では馬の持つ役割は変化して、地域の伝統文化を伝える行事のための小規模飼育が中心です。馬の特徴として、繁殖時期が春のみと短く、また妊娠期間は11カ月の長期となるため、生産農家は一度タイミングを逃すと次の春まで繁殖を見送ることになります。これは大きな機会損失となるため、繁殖率を高める研究が続けられてきました。
繁殖の成功率を向上させた「冷蔵」技術
農耕や競技用の馬の繁殖方法は自然交配とともに人工授精も行われます。岩手県で人工授精を行う場合には、繁殖期になると獣医師は雌馬の様子を見て北海道にある牧場から冷蔵の精子を取り寄せます。そして、届くタイミングに合わせて雌馬に排卵誘発剤を投与して、速やかに人工授精を行います。従来は冷蔵した精子の寿命は1日ほどと短く、人工授精は難しいとされてきましたが、保存液の改善などによって、現在では人工授精の成功率は75%まで向上しました。
精子の寿命は「冷凍」によって長くすることも可能ですが、馬の場合、冷凍精子での人工授精の成功率は低いのが大きな課題です。
世界中の馬農家のための技術開発
現在、冷凍保存の精子を用いた人工授精技術の研究が進められています。今後、冷凍での受精率が向上して実用化されれば、冷蔵保存に比べて余裕を持った手配と輸送が可能となり、準備や保存期間にも余裕を持たせることができます。また、国内だけでなく、海外から優秀な馬の遺伝子を取り入れることも可能となります。さらに、獣医師や生産農家の負担も軽減されるため、馬と暮らす文化を後世に伝えていくことのハードルも下がるでしょう。馬の人工授精技術の研究は、もともとは地域での需要に応えるためのものでしたが、新技術の研究開発によって一地域のみならず、世界の馬農家にも重要な役割を果たしていくことになるはずです。
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