自分の毒で自分が枯れては困る! 植物が獲得した毒性と自己耐性
ゲノム情報という「地図」を手にした旅
薬として用いられる植物「薬用植物」がどのように薬用成分を作るのか、その複雑なしくみの一つ一つを調べるには、膨大な時間と労力が必要です。そこで有用となるのがゲノム科学です。「ゲノム」には、ある生物の生活のしくみを支える数万個の遺伝子がすべて記載されています。これらの遺伝情報に基づいて、複雑な生命活動が行われています。薬用植物におけるゲノム科学では、そのゲノム情報という「地図」を手に、薬用成分を作り出す遺伝子を探す旅に出かけることができます。
植物の毒を抗がん剤に
キジュやチャボイナモリといった一部の植物は、細胞増殖に必須の「トポイソメラーゼⅠ」という酵素と結合することで細胞死を引き起こす「カンプトテシン」という毒を作ります。自然界では競争相手の植物を枯らしますが、人類はその毒性を利用し、ガン細胞を死滅させる抗がん剤の原料として利用しています。これらの植物は当然ながら、自分の毒で自分が枯れてしまわぬよう、カンプトテシンに対する「自己耐性」を持っていると考えられ、それがゲノム科学により明らかになりました。カンプトテシンを生産する植物のトポイソメラーゼⅠだけに特異的なアミノ酸変異が見つかり、この変異により自己耐性をもつことが突き止められたのです。
植物の進化をたどる
2021年には、カンプトテシンを生産するチャボイナモリの全ゲノム配列を染色体レベルで高精度に解読することに成功しました。これによって、カンプトテシンの生産能力がどのような過程を経て進化してきたのかもわかってきました。これにより、抗がん剤の原料となるカンプトテシンの、より効率的な生産が期待されています。
なぜ植物が、私たちにとっては薬にもなる毒の成分を作るようになったのか、これから植物はどのように進化していくことが予想されるのか、そういった根本的な疑問の解明へと、一歩一歩近づいています。
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先生情報 / 大学情報
千葉大学 薬学部 教授 山崎 真巳 先生
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