分子ひとつの動きから記憶のメカニズムを探る
記憶を保つ脳の不思議
記憶は、脳にある神経細胞をどんな経路でつなぐかにより保持されていると考えられていますが、記憶の保持に関わるタンパク質などの分子は日々入れ替わっています。分子が入れ替わるのに、なぜ脳は記憶を何十年も保っていられるのでしょうか。その仕組みを、分子の動きから解明しようという研究が行われています。神経細胞と神経細胞のつなぎ目はシナプスと呼ばれ、情報を送る側の細胞から放出された伝達物質が受ける側の細胞の受容体と結合することで情報が伝わります。神経細胞が強くつながっているシナプスには、受容体がたくさん集まります。これらの受容体も数日ごとに新しいものへと入れ替わっています。
シナプスに受容体が集まる仕組み
細胞膜は流体であるので、受容体タンパク質は膜の上を自由に動くことができます。それでも神経細胞の受容体がシナプスに集合するのは、細胞内にある「シナプス足場タンパク質」と呼ばれるタンパク質と受容体のあいだに、弱い分子の力が働いているためです。足場と受容体の相互作用の強さには、細胞内のカルシウムシグナルが関係しています。カルシウムシグナルを欠損させた動物では、足場との相互作用が弱まるために細胞膜上を受容体が動き回り、シナプスから出てしまう様子が、蛍光標識を使った実験で観察されます。
病気の診断への応用
てんかんでは受容体が動きやすくなる、アルツハイマー病では膜分子の動きに異常が見られるなど、病気によって神経細胞の分子の動きがおかしくなることがわかってきました。そのため、分子の動きの変化を病気の診断材料に利用することが考えられています。アルツハイマー病やALSは、発症する頃にはかなり病気が進んでしまっているので、分子の動きから病気の予知ができれば、早期に対策をとることができます。またうつ病や統合失調症などは現在患者の主観をもとに診断が下されていますが、分子の動きを客観的な指標として診断に利用できるのではないかと期待されています。
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早稲田大学 先進理工学部 電気・情報生命工学科 教授 坂内 博子 先生
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