原本がない『源氏物語』 解明へのカギとなるのは引歌?
引歌は解釈のカギとなる
平安時代に作られた『源氏物語』は、その物語性はもちろんのこと、古い和歌を引用する「引歌(ひきうた)」という技法を使って表現の効果をあげていることもその魅力の一つです。
作者である紫式部は、その時代の多くの人が知っていた和歌の一部をさりげなく入れる引歌を好んで使っていました。ただ、引歌の意味のとらえ方が異なると、物語の意味合いが大きく変わります。引歌の指摘は平安時代末期にはすでに始まっていますが、今後も新発見の余地が十分にあります。
多くの手が加わった『源氏物語』
実は、『源氏物語』には作者が書いた本(原本)が残っていません。今、私たちが読む『源氏物語』は、後世の人の手が加わったものです。平安時代には、本の貸し借りや、人が書き写す写本で物語が伝わっていました。その過程では、本文に違いのある本が出回ることもあります。実は紫式部本人も、日記の中で本が無断で持ち出されたことを嘆き、「よく書き替えた本は失われた」と書いています。
鎌倉時代初頭に、学者・歌人である藤原定家などにより本文の整理が行われました。しかし、こうした後世の写本が平安時代中期の表現を伝えている保証はなく、解釈の研究を行う上では、残っている写本の本文を比較する必要があるのです。
引歌と本文の関係から『源氏物語』を考える
『源氏物語』における引歌は平安時代中期に知られていた歌を、それと明示せずに引用したものです。引用された歌集の本文と、引用する『源氏物語』の本文とを比較・検討することで、新しい解釈を見出せるだけでなく、もしかすると今は失われた平安時代中期にあり得た『源氏物語』の本文の追究も一部で可能かもしれません。
『源氏物語』の本文に限らず、木や紙によるところが大きい日本の文化には、現存しないものも珍しくありません。文学研究が過去の一端を明らかにして、日本の未来に残すことが求められています。
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大正大学 文学部 日本文学科 教授 古田 正幸 先生
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