私たちが読んでいる『源氏物語』は紫式部が書いたものじゃない!?
戦乱の世を切り抜けた『源氏物語』
日本最古の長編小説『源氏物語』は、世界中で高い評価を得ています。しかし、いま私たちが読んでいる『源氏物語』は、紫式部が書いてから約200年後に作られた写本をもとにしたものなのです。また、『源氏物語』を描いた絵画の現存する最古のものは国宝『源氏物語絵巻』で、『源氏物語』が書かれてから約100年後に描かれたものです。ただ、絵巻や13世紀の写本が現存するだけでも幸運だと言えます。京都では15世紀の応仁の乱の戦火で多くの書物が焼けてしまい、平安時代の作品のほとんどは、16世紀以降に作られた写本で見るしかないからです。
藤原定家の思いが込もった青表紙本
印刷技術がなかった時代の書物は、人が一つひとつ手で書き写す写本でした。写本を作る際には、故意に書き直すこともよくありました。そのため発表から200年も経つと、同じ『源氏物語』でも写本によって内容がまちまちになってしまいました。これを嘆いたのが、小倉百人一首を編さんした歌人・藤原定家です。彼はできるだけ多くの写本を集め、その中の優れたものを校訂(比べ合わせて誤りを訂正すること)し、青い表紙をつけました。この「青表紙本」が私たちが読んでいる『源氏物語』のもととなっているのです。つまり「原作・紫式部、校訂・藤原定家」と言えます。青表紙本は54帖のうち4帖が現存し、これが『源氏物語』の最古の本文です。
オリジナルは残っていないけれど
『源氏物語絵巻』と青表紙本には約100年の開きしかありませんが、すでに差異が見てとれます。例えば『蓬生(よもぎう)』の帖で、光源氏が花散里(はなちるさと)という女性の屋敷を訪ねる場面、絵巻には傘を差す光源氏が描かれていますが、青表紙本には「傘を差した」という記述はありません。
残念ながら紫式部のオリジナルは残っていませんが、日本最古の長編小説を後世に残そうと藤原定家が情熱を注ぎ、多くの人々に読み継がれながら、『源氏物語』は現在もなお、さまざまな形で世界中の読者を魅了し続けているのです。
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同志社大学 文学部 国文学科 教授 岩坪 健 先生
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