取引相手のその先も 企業戦略としての「契約」
契約の形はさまざま
例えば自動車の輸出などの商取引を始める際には、企業同士で諸々の条件を交渉して契約を締結し、契約した内容に基づいて取引を開始するのが原則です。一方で、携帯電話の契約やスポーツジムの入会といった、多数の買主に同じものを売る場合は、売主と買主が都度交渉するのではなく、「約款(やっかん)」と呼ばれる定型的な契約内容が書かれた文書を売主が買主に渡して契約を進めることもあります。
「申込み」と「承諾」とは
契約書のドラフトや約款が提示されたものの、双方がサインする前に取引が開始されて、届いた商品の数が足りないといったトラブルが発生して裁判になったとします。日本のビジネスの世界では、「契約書に双方がサインをした時に契約書の内容は効力を発揮する」と考えられがちです。そのためサインのない約款は契約内容にはならないとみなされて、裁判官の判断により、損失を折半するなどの取り決めがなされるケースも数多くみられます。対して欧米では、一方の当事者が、契約書のドラフトや約款を送った時点で「契約の申込みをした」と認め、取引を開始した時点で相手が「契約を承諾した」と特定していき、約款を契約の内容に取り込んでいきます。欧米における「申込み」や「承諾」の考え方は国際的なスタンダードでもあります。日本の考え方は特異で、経済活動をスムーズに行うための契約の役割を狭めている、と指摘する研究者もいます。
契約を戦略的に用いる
「申込み」や「承諾」の考えに基づく欧米では、企業活動において契約が戦略的に用いられています。例えば「児童労働をさせない」などの人権問題や、環境問題に対する内容を明記した契約書を相手企業に提示することで、その内容の順守だけでなく、相手企業の取引先の監督までも「申込み」という形で要求します。契約を用いて、利害関係者の統治すなわち「ステークホルダーガバナンス」を推し進めているのです。このような欧米の取り組みは、日本の企業法務の競争力を高める上でも有益なため、事例の分析が活発に行われています。
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先生情報 / 大学情報
一橋大学 法学部 法律学科 教授 小林 一郎 先生
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