人間の心のありさまを探究する「心の哲学」
「心の哲学」の分析手法
哲学の研究分野の中に「心の哲学」という、心とは何かを考える分野があります。科学的な分析手法では『仮説を立て、実験をして、検証をして、その理論が正しいかを確認する』というモデルが考えられますが、「心の哲学」の主流分析手法は『言語的に心を分析する、心を考える』という手法をとります。
言語的に考える
具体的に、感覚について考えてみましょう。あなたは人間全員が感覚を持っていると思うかもしれません。例として「赤いとはどういうことか」を考えてみましょう。「赤い」ものを見たときに、私たちの認識の中にはある感覚が発生しています。緑には緑独特の感覚がありますし、青には青独特の感覚があります。
ところが、色の感覚が違う人(例えば色覚異常の人)の場合を考えてみると議論は深みを増します。色の感覚が違う人でも「赤いもの」と言われるとポストを指せます。内的感覚が違っていても「赤いもの」といえば赤い物体を指せるのですから、内的なズレがあっても外的にはズレがないように行動していることになります。そう考えてみると、感覚がズレていても、さらには感覚をすべて失っても全く変わらずに行動することができるかもしれない、という可能性が出てきます。もしかすると、あなたの友人にはまったく感覚がないかもしれません。ためしに友人に「赤ってどんな感じ?」と聞いてみてください。
一方で、科学的には『赤というのは光のある波長であり、あなたの目に届いている光はその波長だから赤く見えるのだ』ということになります。この説明で何かが抜け落ちてしまっていると感じた人は哲学に向いています。
科学的な手法では見えなかった世界が見えてくる
「心の哲学」では主に「心とは何か」を、議論を深めて探究しています。議論の積み上げを通じて、私たちの心のありさまを浮かび上がらせ、心を分析していくというのが「心の哲学」であり(科学的な分析を通じて心の問題を説明できると言う哲学者もいます)、科学的な分析とは違う世界が見える学問だといえるでしょう。
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