KO勝負の刑事裁判、判定勝ちの民事裁判
古代の水争いから始まった「刑」の歴史
刑罰という漢字の「刑」の由来は、実は我々生物が生きていくために不可欠な水に関わっています。古代中国、人々は水を求めて黄河の近くに住んでいました。ところが、文明の発達につれて河から少し離れた場所に井戸を掘って暮らすようになりました。
井戸は共同体の運命を左右する、文字通り命の泉です。そこで、水不足になったとき、村の支配者は井戸の隣に刀を持った男を立たせ、もし水汲みの列を乱した人間が出たときは即座に首を打ち落とすという刑罰で、共同体の秩序を守りました。そこから「刑」という字が生まれ、左側は井戸の「井」、右側は刀を表す「りっとう」になっています。
国家最強の制裁行為、刑罰
刑罰という言葉には、現在に至るまで血なまぐささがまとわりついています。現代の国家が犯罪者に対して保持しているさまざまな制裁行為のうち、一番強力なものが刑罰です。なにしろ、死刑で身体を物理的に消失させるという最も恐ろしい制裁行為をなし得るのは刑罰以外にありません。
ですから間違って適用されることがないよう、刑罰の適用に当たっては厳重な審議制度がとられています。例えば刑事裁判では推定無罪の原則というものがあります。これは、国家は容疑者の犯罪性をゼロ(無罪)から立証しなければならないという原理のことです。つまり、容疑者に明確なアリバイがなくとも、誰の目から見てもその人が犯罪を実行したとわかるような明らかな証拠がなければ有罪にはなりません。
一方、刑罰に関わらない民事裁判の場合、有責推定の原則といって、片方がわずかでも有利な証拠を提示できれば、そちらが勝ちという原理が採用されています。いわば刑事裁判がKO勝ちのみ有効だとすれば、民事裁判は判定勝ちもありの緩いルールとなっていると言っていいでしょう。
同じ事件について民事裁判と刑事裁判とで異なった判決が出ると、マスメディアは一斉に非難します。しかし、後者は前者とは違って人の命という何よりも尊いものを預かっている以上、判決が違ってくることもあるのです。
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一橋大学 法学部 法律学科 教授 王 雲海 先生
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