日本の法律、そのルーツは古代文明ローマにあった
日本の法律のルーツはどこだ?
近代日本と古代ローマ。時代背景は異なり、場所もはるか遠くにあります。それなのに、この二つの国の間には一般には知られていない意外な関係があります。実は法律というキーワードが両国に橋を渡しているのです。
明治新政府は近代化をめざし、数々の改革を断行しました。当然、法律の必要性は皆が認めるところでした。そこで検討が始まりますが、国内に参考とすべきものが見当たらず、海外にそのヒントを求めざるを得ませんでした。ドイツ、フランス、イギリスがその候補に挙がりましたが、その中のドイツ、フランス両国の民法を手本にすることになりました。イギリスが不採用になった理由は、イギリス民法が判例法であり、過去の判例の蓄積を判断基準にするものなので導入が難しかったこと。また、判例を使いこなせる法律家を育成するための時間を要することも見送られた原因の一つです。
いずれにせよ、これらヨーロッパの民法は、古代ローマで用いられていた法律を起源としています。古代ローマからそれぞれの国や地域に分裂後、ローマ法を元にしてそれぞれの法律が出来上がっているからです。
したがって、「ドイツ、フランスから」と言っても、古くはローマから分かれて起こった国なので、結局のところ、日本の民法は古代ローマの影響を受けていると言えるのです。
日本の権利意識
こうして近代法を導入したものの、日本と古代ローマや現代のヨーロッパは決定的に異なる点があります。それは権利意識です。ローマ法は私法を根幹においており、自らの利益がきちんと守られているかに意識が集中するため、欧米では今も個人の権利意識が色濃く見られるのです。
一方、日本では法律上は権利に関する記述があっても、それを主張する文化は十分に育っていません。裁判の際にも日本では手続きの便利さや感情の面から「和解」が好まれる傾向にあります。その原因として、古代の日本が中国から学んだ「法律は統治の道具である」という律令制度の考え方の名残りが考えられます。
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