講義No.01232 法学

日本社会の異物としての裁判員制度

日本社会の異物としての裁判員制度

異質な文化で生まれた裁判員制度

とうとう日本にも導入された裁判員制度。しかし、陪審制を生み出した欧米が、どれほど日本と異質な正義感の元で制度を運用しているのかということについては、あまり知られていません。
欧米の正義感は、形式的、手続き的といった言葉で表されるように、「市民が集まって容疑者を裁く」という一定の手続きさえちゃんとパスしていれば、結果にばらつきがあっても気にしないという考え方に規定されています。対してアジア、特に日本では、同じ犯罪に対しては同じ罰というように、正義に対し何らかの実質性を求める傾向がきわめて強固なものとして存在しています。
ここからわかるとおり、日本的な正義の概念は裁判員制度とはきわめて相性が悪いのです。裁判員制度はそもそも国民の常識、感覚を実際の裁判に反映させるという目的で始められましたが、その「国民の常識、感覚」なるものがばらばらであるのはどうしようもありません。つまり、同じような内容の事件でも、裁判員の感覚の違いで片方は無期懲役、もう片方は死刑となるかもしれないという事実に、これから日本人は直面しなければならないのです。

「空気を読む裁判」の時代の到来か

もし日本において、近い将来裁判プロセスの正当性それ自体に絶対的な価値を見いだすような意識が一定以上広まらなければ、それまで主に法律自体の論理で行われていた裁判が、その時々での世間の空気を読んだ、ある意味で大衆迎合的なものに変質していくことは避けられません。
そうなると、容疑者の方も無実を証明するのではなく、世間からよく見られようと罪を認め、自分がいかに罪を反省しているかを法廷でパフォーマンスするようになるでしょう。これは、刑が確定するまで容疑者は無罪として扱う推定無罪の原則という、近代法体系の大原則を骨抜きにしてしまう困った事態です。
現実がここまで進むかはわかりませんが、日本にアメリカ的な価値基準がこれまで以上に流入しない限り、今の状態では裁判員制度の先行きは不透明なままでしょう。

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一橋大学 法学部 法律学科 教授 王 雲海 先生

一橋大学 法学部 法律学科 教授 王 雲海 先生

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メッセージ

日本社会はいまグローバル化の波に洗われ、皆が外国ばかりを見て、自分の国がいままで築き上げてきたものへの自信をすっかり失ってしまっています。しかし、一人一人の平凡な日本人が皆、自分の好きなことを好きなだけやれば、日本はきっと活性化していくはずです。もちろん、そこには法律を守るという条件はあります。あなたも、法律を守って、その上で思い切って自分の人生を生きてください。

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