新時代のプランナー坂本龍馬が描いた日本の姿とは
新政府の「プランナー」だった坂本龍馬
幕末の日本で活躍した坂本龍馬は、そのドラマチックな人生と人間的な魅力から大勢の人々に慕われ、現在も数々の小説やドラマ、映画などを通じて人気を集めています。その一方で坂本龍馬には、来たるべき新しい時代の政府の準備に尽力した、希代の「プランナー」としての横顔もありました。
総合的な日本の近代化をめざして
1867年6月、長崎から船で京都に移動していた坂本龍馬は、その船上で後藤象二郎に対し、新しい政府がめざすべき8カ条のプラン「船中八策」を口頭で伝えました。長岡謙吉が書き留めたこの船中八策は、その後成立した明治政府の政治綱領の実質的なベースとなりました。
船中八策で注目すべきなのは、まず、後に後藤象二郎が徳川慶喜に進言することになる大政奉還についての言及が第一条にあることです。また、イギリスやフランスを参考にした国会の開設や、憲法の制定、海軍の増強、銀本位制から金本位制への移行などが、船中八策には盛り込まれていました。坂本龍馬が、政治だけでなく、法律、外交、軍事、経済などの各方面に関心を持ち、総合的な日本の近代化をめざしていたことが読み取れます。
幕末に常に現場で活動を続けていた彼だからこそ、日本は何かに偏らずに均等に力をつけていくべきだという、柔軟でバランスの取れた発想ができたのです。幕末の日本にはほかにも優れた人物が大勢いましたが、総合的なプランナーとしての能力では、坂本龍馬がずば抜けていました。
人間的な魅力はどこから生まれたのか
豪放磊落(ごうほうらいらく)でスケールの大きな人物と描写されることの多い坂本龍馬ですが、最近の研究では、イメージと異なり、外見は上品で話しぶりも爽やかな、礼儀正しい人物という一面もあったと考えられています。さまざまな状況で多くの人々と出会っても対応できるTPO(時と場所と場合)をわきまえていたからこそ、誰もが初対面で気に入ってしまう人間的な魅力を持ち得ていたのかもしれません。
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大正大学 文学部 歴史学科 教授 福井 淳 先生
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