宇宙の謎を解くために、「量子化学」の計算が役立つ
電子の運動を解くには相対性理論も必要である
原子核と電子の間には強い電気的引力が働いているために、例えば、水銀原子の中の電子の速度は、光速度の半分程度です。電子の運動を分析するためには、相対性理論と量子論の両方の原理を兼ね備えた「ディラック方程式」が必要となります。これは4次元の連立方程式で、粒子と反粒子の運動を記述できます。逆に、粒子だけ、例えば電子だけの状態を解くことは困難なので、数学的な工夫が必要です。
電子は小さな磁石
磁石を2つに割るとN極とS極を持つ2つの磁石ができます。細かく分けても1つひとつが磁石になるので、最後には電子1個に行きつきます。つまり電子が磁石を作っているのです。まず、電子は原子核の周りを回転することで原子サイズの小さな電磁石を作ります。さらに、電子や原子核はそれ自体がN極とS極を持つ小さな磁石になっています。この原理は医療用MRI(磁気共鳴画像)診断や化学的分析手段として使われています。電子は量子の性質を持ちながら、電気的引力と磁気的引力や反発する力である斥力(せきりょく)を受けて複雑に運動しています。このような電子の運動もディラック方程式で精密に予測することができるのです。
歪んだ電子から宇宙の成り立ちを考える
初期の宇宙では粒子と反粒子が同等に存在したのですが、いつのまにか反粒子はほとんど消えてしまいました。これは現代物理学に残されている宇宙に関する謎です。この原因のカギは物理現象の非対称性です。つまり物理法則の対称性が「破れていること」が反粒子の消えた原因だと考えられています。この非対称性が実在することを証明するために、わずかに歪んだ電子を仮定して、化合物の性質がどのように変わるかを相対論的な量子化学を使って計算しています。この現象はあまりにも小さいので現在の観測技術では検出できません。観測が不可能な現象を精密計算で示せることが量子化学のすごみなのです。もし将来、この現象が観測されれば、計算結果と付き合わせて宇宙の謎を解く鍵になるかもしれません。
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先生情報 / 大学情報
東京都立大学 理学部 化学科 教授 波田 雅彦 先生
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