『不思議の国のアリス』が与えてくれる創造力
言葉遊び、屁理屈、ジョークに満ちた物語
19世紀、イギリス・ヴィクトリア朝時代の児童文学というと、主人公が無人島やジャングルへ行って人喰い人種をやっつけるような冒険物語や童話、おとぎ話が中心でした。植民地主義の影響を色濃く受けていて、勧善懲悪、教訓主義、政治プロパガンダ的な内容だったのです。そんな時代に、オックスフォード大学の数学講師ルイス・キャロルが『不思議の国のアリス』という作品を発表します。幼い少女アリスが白ウサギを追いかけて奇妙で不条理な世界に迷いこむという話です。そこには、勧善懲悪のようなストーリーはありません。おとぎ話でもなく、言葉遊びや屁理屈、ジョークに満ちあふれています。人々はこの自由で開放的な表現に熱狂しました。
イギリスのノンセンスの伝統の代表格
イギリスは、コモンセンス(常識)の国です。紳士淑女として振る舞うことを重視します。しかし、それだけだと息苦しくなります。そのため、ノンセンス(意味の否定)がもう一つの伝統としてあるのです。常識を打ち破ることもイギリス人の伝統なのです。『不思議の国のアリス』はノンセンス文学の最高傑作と言われていて今でも愛読者が多くいます。それまでの児童文学の常識を破壊しただけではなく、その後に展開するファンタジー文学や芸術におけるシュールレアリズムの芽生えを見て取ることもできるのです。
現代人も見習いたい批判精神
この作品はその後の文化に大きな影響を与えています。言語学、記号学、心理学、論理学、哲学、数学など、いろいろな分野から解釈可能な多義性を含んでいるのです。アリスは芸術家にとって創造の女神であり、作品は何度も映画化され、翻訳された外国語の数は世界一です。
破壊的なノンセンスの精神は、常識や自らの価値観を疑う姿勢です。これは、現代人にとっても重要です。私たちの中にも、さまざまな常識があります。それが生き方を不自由にして、自らを苦しめる場合があります。『アリス』の精神は、自分や世界を客観的に見て、次に向かう創造力を与えてくれるのです。
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県立広島大学 地域創生学部 地域創生学科 地域文化コース 教授 吉本 和弘 先生
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